Silver soul2

□人生ってのは何時でも一度きりだから
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渇いた笛の音が体育館内に響き渡る。

寂寥たる眺め。




人生ってのは何時でも一度きりだから





虚しくコートにボールが転がった。
その音と相手チームの歓喜の声を背に、俺たちはその場に崩れ落ちた。


嗚呼…

俺たちの青春は此処で終わったのだ。



「あーあ、終わったな。」
「だな。」
「何か同時に夏も終わったって感じがするよ。」
「…だな。」


体育館には俺と土方の二人きり。
二人でコートのど真ん中で大の字に寝転んでいる。

視界の隅にボールが見えた。
と同時に嫌でも目につく点数表。

47‐51

前半は俺たちのが有利だったんだけどな。


「他の奴等どこ行った?」
「部室で盛り上がってんだろ。」
「行かなくていいのか。」
「気分じゃねぇ。」
「んじゃ俺も気分じゃねぇ。」


そう言って俺が目を閉じると、隣で何だそれ、と呆れたように笑われたが気にはしない。
それより今此処でこうしてる方が心地良かった。


「坂田…。俺、もう少しお前とバスケ…したかったな。」
「俺もだよ。」


ふいに熱くなる目頭に気付かない振りをして瞳を閉じた。
そこに映るは先程のあの残像。

あそこで俺が決めていればとか、何であの時あいつを足止めしとかなかったんだとか、どうしてすぐに土方にパスしなかったんだとか。
考えればきりがなくて。


「あんま考えすぎんなよ。」


今更考えたって仕方ねぇ。
土方のその言葉に今度こそ目の奥が熱くなった。


「土方ぁ…、」
「何て顔してんだよ。」
「俺さ…もっともっと…バスケ、したかったなぁ。」


込み上げて来るものを押さえきれず、けれど拭うことも躊躇われて、ただただ流すことしか出来なかった。


「俺もだ。」


ふいに触れた温かい感触。
それに応えるようにして俺はその手を握り返した。
殊更強く握り締められて、更に身体の中から込み上げて来る熱い感情。


大人はみんな、あの頃は楽しかった、青春だったと。
そんなこともあったと笑いながら語り合える日がきっと来ると。

けど、俺たちにとってはその時が総てで。
そんな日なんて来なくていいと思いながら。

ただただ泣き叫ぶしかなかったんだ。


「こうやって。二人にタオルを渡すのも最後になっちゃうのかしら。」


ふいに頭上に影が差して、濡れた瞳もそのままにそれを見上げた。
そこにはすっかり泣き腫らした目で微笑むマネージャーの姿があって、自然と頬が綻ぶ。


「二人とも部室に帰ってこないから。」
「心配した?」
「ううん。きっと此処だろうなって思ってた。」


そう言って俺の隣に腰を下ろす彼女は、俺と土方にタオルを手渡してその小さな身体を丸めた。
そしてゆっくりと目を閉じて、今は聞こえないボールの跳ねる音に耳をすませる。


「私、マネージャーだけど。みんなと一緒にいられて本当に良かった。」


その声は俺たちの耳に良く馴染む。

俺たちがピンチな時は何度も励ましてくれたその声。
誰かに諦めの色が出ると、すぐに叱咤してくれたその声。
俺たちが勝利した時は、誰よりも心から喜んでくれた彼女のその声は、いつだって俺たちの大きな支えとなっていた。


「マネージャーがいなきゃ、ここまで来れなかったよ。」
「今まで、ありがとな。」
「…ううん。私こそ、ありがとう。」


こうやってこの三人で。
この体育館で過ごすことももうなくなってしまうのだろうか。
それはとてつもなく大きな損失に感じられて、また乾いたはずの涙が目の奥でぐるぐると渦巻いている。
だからそれを誤魔化す様に。
俺の隣で膝を抱える彼女の腕を強く引いて、抵抗する間もなく俺と土方の間に組み伏せてしまった。


「わっ…!何、」
「手、貸して。」
「え?あ、」
「俺も、貸せ。」


そして彼女を挟んで三人。
互いの手を握って目を閉じる。
背に感じる体育館の床の冷たさが、今此処にこの三人でいることの幸せをひしひしと教えてくれていた。


「私ね。二人のおかげで、すごく。すごく、楽しかった。」


その言葉は、俺と土方の心の奥の奥まで沁み渡る。


「そうだな。」
「ああ。」


俺たちも。

楽しかった。


瞳の奥の涙はいつの間にか身を顰め、確かに聞こえたボールの音に、三人揃って頬を緩めた。




「すっかり真っ暗になっちゃったね。」
「てめぇがいつまでもぐずぐず泣いてるからだろうが。」
「ひっで!!土方だってひでぇ泣き方だったじゃねぇかっ!!」
「てめぇほどじゃねぇよ。」
「俺はいいんだよ。」
「何でだよ!」
「ほらほら、喧嘩しない。」


すっかり泣き腫らして、笑い合って、気付けば空には星が見え隠れしている。
自然と緩む頬の理由なんて分からないけど、確かに今は満ち足りていて。
俺たちの間を薫風が吹き抜けた。


「部室、まだ誰か残ってんのかな?」
「さぁ、さすがにもう帰ったんじゃね?」
「みんな今日は疲れてたし…、」


淡い期待に胸踊らせれば。


「あっ、まだ電気点いてら。」


顔を見合わせて同時に笑顔になる。
三人で駆け出して扉を開ければ慣れ親しんだチームメイト。

嗚呼、こいつらとやれて良かったって、今なら心からそう思えるよ。

ふいに土方と志村と目が合って、二人が笑ったその顔を俺はきっと忘れないだろう。


いつか…
いつかまた、今日のこの日の出来事を、あんなこともあったなと。
青春だったと。
笑い合える日が来るのだろうか…


その時はまたあのコートに寝転んでみようか。



勿論隣りには君たちを置いて ――




   end


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