Silver soul2

□ありがとうって言ってくれたから
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最近妙に熱っぽいと思っていたら、新ちゃんに体温計を手渡された。


「…また、微熱だわ。」
「姉上、最近無理しすぎなんじゃないですか?」


そう言って私の額に手を当ててうんうんと悩む新ちゃんが可愛くて、大丈夫よ、と笑ってみせる。
ここ数日続く微熱と身体の気だるさは今までに経験したことがないもので、自分でもほんの少しだけ不安になっていた。


「病院、行ってみようかしら。」
「それがいいですよ。」


何事も早めに対処しておいた方がいいと言う新ちゃんの言葉に後押しされて、その足で病院に向かった。
そしてその場で思わぬ言葉を投げかけられる。


「産婦人科へ行ってみてはどうですか?」


きっとその時の私の顔といったら相当なものだったと自分でも思う。
顔いっぱいに疑問符を浮かべる私に、先生はにっこりと微笑んで、腕は確かだという産婦人科を紹介してくれた。


「おめでとう、4ヵ月目に入ったところね。」


そう言って微笑んだあの年配の女性の先生の顔はきっと一生忘れない。


「次は、旦那様と来て下さいね。」


そう言って優しそうに笑う看護婦さんにも頭を下げて、未だぼうっとする頭でふらふらと帰路についた。
そして向かった先は家でも仕事先でもなく。


「…え?」
「だって他に心当たりがなかったんですもの。」


見慣れた彼の顔が私以上に酷く滑稽なものに見えた。


「ねぇ、私どうすればいいですか?」


自分でも驚くほど自然に聞けた。
産まないなんて考えもしなかったけれど、彼が拒否するならひっそりと一人で産む覚悟だってあった。
覚悟というよりも、それを百も承知で彼とそういう関係になったのだ。


「残念だけど、銀さん以外にこんな結果になるような相手もいないですし、一応銀さんの考えも聞いてみたいと思って。」


淡々と話す私とは正反対に、話を理解しているのかいないのか、彼は茫然と私のお腹あたりを見つめていた。


「ねぇ、銀さん。ちょっと聞いてる…」


と、がたん、と一際大きく机が鳴ったかと思うと私の視界はぐらりと揺れた。


「銀さ……」


「 ありがとう 」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕が苦しくて僅かに身を捩るも叶わない。
するとまた、耳元で、ありがとう、と聞こえた。


「なぁ、お妙。お妙、」


締め付ける腕の力に比例して、何度も何度も私の名前を呼ぶ。
それに応えるようにその背中を擦ってやれば、彼はようやく私の身体を離して、そして、見たこともない笑顔を私に向けた。


「俺達の子供がここにいるんだ。」


お腹から伝わる彼の体温は酷く温かい。


「なぁ、お妙。」


ありがとう

その笑顔が馬鹿みたいに優しくて。
貴方がありがとうって言ってくれたから、何だっていい気がした。


「幸せにするよ。お前も、こいつも。」


その時、初めて涙が出た。
嬉しいと幸せと愛しさが全部ごちゃまぜになって。
必死にその身体に縋りつく。


「銀さ…、」
「家族になろう。」


張り詰めていたものが一気にはじけとぶ。
ああ、次に病院に行くときは、ちゃんと旦那様も一緒に連れて行けそうだと。
其処には確かに、三人分の幸せが存在していたのだ。


「なぁ、お妙、」



あいしてるよ。




   end


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