Silver soul2

□寒いから暖めてだなんて、勘違いさせたいの?
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何故今日に限って書庫の整理を任されたのか。
何故今日に限って俺が日直なのか。
何故、今日に限って同じ日直の相手が彼女、なのか。
そして。
何故、書庫の扉が開かないの、か。


「早く終わらせて帰ろうね、って言ったばっかりだったのにね。」


そう言って彼女は一つ、小さな溜め息を落とした。


「壊せば出れないこともねーけど。」
「それは駄目よ。さすがに怒られちゃうわ。」
「けどこのままじゃどーしようもねーだろ。」
「そーよね。困ったわ。」


うーん、と首を傾げて何か解決方法はないものかと思案する彼女の横で、俺は内心動揺する心を必死に押し殺していた。
此処は未だ書庫の中。
同じ日直である志村と共に、担任に言いつけられた書庫の整理を黙々とこなしていたはずだった。
しかしどうしたことか、いざ帰ろうとすると扉が開かない。
余程古くなっていたのだろう。
入る時も僅かに力を入れて引かなければ、錆びた扉はなかなか開いてはくれなかった。
すると今度は完全に開かなくなってしまったのだ。
これは困る。
なにが困るって、帰りが遅くなることよりも更に彼女と二人きりというのがまずい。


「誰かに電話して助けてもらおうかしら。」
「さっき圏外だって言ってなかったか。」
「そうだった。」


折角の案もすぐに駄目になり、彼女はまたうんうんと考え込む。
徐々に速くなる心臓を叱咤しながら、俺もどうにか出る方法はないかと頭をフル回転させた。
と、その時彼女がその身体をぶるり、と震わせる。


「寒いか?」
「…少し。土方くんは寒くないの?」
「…言われてみれば寒くないこともない。」


どっちよ、と笑った彼女の鼻の頭が少し赤いことに気付いた俺は、そう言えば今日は冷えると天気予報で言っていたことを思い出した。


「外、雪が降ってるかもね。」


すっかり冬の気候になりつつある中、暖房もないこの部屋は確かに寒い。
外は既に真っ暗だろう。


「ねえ、土方くん。」
「あ?」
「傍に、行ってもいい?」
「な……っ!」


それは前触れもなくやってきた。
そう言うと、彼女は俺が制止する間もなくするりと腕の中に収まり、はあ、と小さく息を吐く。
あまりに突然の出来事に身動きが取れずにいる俺に、彼女は落ち着いた声で言った。


「寒いわ、」


確かに寒い。
寒いが今の俺はむしろ暑かった。
急に、本当に急に遠かった彼女が一気に近づいたのだ。
しかもそれが、ずっと想ってきた相手なら尚更。


「志、村、どうし…」
「だって寒いのよ、」


だからってこれはまずい。非常にまずい。
只でさえ二人きりということもあって、僅かな理性と格闘していたっていうのに。


「ねえ、土方くん…」


ぽつり、と落とされた言葉はきっと聞き間違いなんかじゃない。
ああ、本当。どうなっても知らねーぞ。

寒いから暖めて、だなんて、勘違いさせたいのか。


「志村…、」


こうなったらもう後には引けない。
少しは自惚れてみても良いのだろうか。
僅かに覗いた彼女の赤い舌に誘われるかのように、俺はそれに口付けた。




「…窓、あったんだな。」
「小さかったし、カーテンもしてあったから気付かなかったわね。」


あれから少しして。
無我夢中で暖め合った俺たちは気恥ずかしさを感じる間もなく、書庫の隅にあった窓を見つけ、そこから無事脱出した。
冬の冷たい風が僅かに火照った体に気持ちいい。
雪こそ降ってはいなかったものの、吐く息は既に白かった。


「今日は、いろいろと大変だったね。」
「あぁ、」


そう言いながらも嬉しそうな彼女に、俺も思わず頬が緩んだ。
繋がれた手が温かい。
しかし、それと同時に僅かに申し訳なさを感じていた。
書庫の窓。
本当は彼女を抱き締めた時に偶然見つけていたと知ったら彼女は怒るだろうか。
それを知っていながら彼女には気付いてほしくなかった。
悲しい男の性。

しかし、
ここで生まれる甘い期待。

もし、それを彼女も知っていたとしたら?
あのね、
彼女がそっと呟く。
耳元で囁かれた声は、くらりとするほど甘かった。


「本当はね、抱き付いた時にはもう窓のこと知ってたって言ったら、怒る?」



ああ、もう、



   
   end



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