Silver soul3

□いつだって無いものねだり
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「あら、貴女」


偶然すれ違った彼女の手に、見慣れた包装紙を見つけて胸の奥がざらりと嫌な音を立てた。


「あー、お主は確か…」
「妙です。」
「そうじゃった。買い物か何か、か?」
「ええ。月詠さんが此処にいるなんて珍しいですね。」
「ああ、ちょっと、な。」




いつだって無いものねだり




昼間の歌舞伎町。
そんな中に不釣合の美人を見つけて妙は思わず足を止めた。
普段吉原で番人をしているらしい彼女とは何度か顔を合わせて話をしたことがあるが、特に仲がいいわけではない。
かといって黙って通り過ぎるほど他人でもないのだからその微妙な関係に妙はどうしたものかと首を傾ける。
ここでもう、それではまた、と簡単に挨拶でもして別れてしまえばいいのだろうか。
それとも少しお茶でもと誘うべきなのだろうか。
そんな二つの選択肢に頭を悩ませていると、月詠の方からそれではまた、と切り出されてしまった。


「また時間のある時にゆっくりお茶でも。」
「ええ、楽しみにしてます。」


互いに社交辞令の言葉を並べて微笑んで背を向ける。
その一瞬、腕の中の包装紙をぎゅっと大切そうに抱えなおした彼女の横顔がほんのり赤かったことを妙が見逃すはずもなかった。
分かっている。
彼女の持つその包装紙の中身、そしてそれを届ける相手。


「あのお店のお団子、すごく美味しいのよね。」


そしてそれを貰って喜ぶ相手など、頭の中に一人しか浮かんではこなかった。


「恋をすると人はキレイになるって言うけど。」


確かに足早に向かう彼女の横顔は綺麗だった。
しかしそれに反して自分はどうだ。


「きっと今、すごく醜い顔してる。」


そんな自分が嫌いだった。
嫉妬する女の顔など、どの角度から見たって可愛いものではない。
彼女と男の間に何があったのかなど詳しく聞いたわけではないが、時折男の口から溢れ出る彼女の名前と男の前で見せる彼女の表情を見るだけで、ただの顔見知り程度などではないのだと恋愛に疎い妙ですらはっきりと感じとることができた。


「今から二人が会うってだけなのに。」


嫌だと堪らず叫んでしまいそうになる自分に、なんて身勝手だと思わず笑みが溢れた。




****************




たった一度ボタンを押すだけの行為がこんなにも緊張するなんて。
今までそんなこと知る由もなかった。
そして押した後、扉が開かれるまでのこの時間が、こんなにも長いものだなんて。


「女を捨てた、なんて言ったのはどこのどいつじゃ。」


自分でも呆れ返るくらい、今の自分は女の顔をしているのだろう。
それは酷く己を動揺させたが、それを素直に認めないほうが余程滑稽に思えて覚悟を決めた瞳で真っ直ぐと目の前の扉を睨み付けた。
もう逃げない。
から、と静かに開いた扉に、月詠はごくりと息を飲んで一歩引きそうになる足をぐっと堪えた。


「はいはい、どちら様…って、お前か。」
「何じゃ、不服か。」
「別にー。ほら、まあ入れよ。」


思わずとはいえ、何とも可愛くのない台詞に自分で自分に舌を打つ。
玄関を入り、いつものように気怠気に歩く大きな背中を見つめて月詠は今度こそと小さく深呼吸を繰り返した。


「で?お前がこっちに出てくるなんて珍しいじゃねぇか。何か用事でもあったのか?」
「用事もなにも、お主が昨日吉原で遊んでみっともなく酔い潰れたのを連れ帰ったのは誰じゃと思うとる。」
「……ですよね。」
「此処まで連れ帰るのがどれだけ大変だったか。」
「いや、それはそれは深く反省してますすんません。」


そう言ってお茶を差し出すと共に深く頭を下げる男の後頭部を見つめながら、月詠は気付かれないようにこっそりと頬を緩ませる。
本当はそんなこと微塵も気にしてなどいなかった。
むしろ二人でいれた時間に感謝さえしたいくらいなのだと呆れ返るほどの乙女思考に身体が熱くなる。


「で、じゃ。これはお主の忘れもんではないのか?」
「…え、あ、ああっ!俺の財布!」
「置いて帰ったからてっきりいらんのかと思ったんじゃが。」
「馬鹿言うな!これは今月の俺の全財産だぞ!」


そのわりには随分と軽い気もするが。
ありがとう助かったと強く手を握られ、途端に脈打つ心臓を叱咤しながら月詠は持ってきた茶菓子の箱を引き寄せた。


「あー、美味かった。幸せ。」


ずず、と熱いお茶を喉の奥に流し込んで、熱い吐息と共に満足気な声を漏らす。
そんな男を横目で見ながら月詠もまた満ち足りた表情で湯呑みを握り締めた。


「銀時。台所借りるぞ。」
「あ?いいけど何すんだよ。」
「湯呑みと皿を洗う。」
「あー?んなもん置いときゃいいって。つかお前、客だろ。」
「どうせ置いた所で二三日は放置だろう。」
「馬鹿言うな。これでも俺は料理は得意、」
「いいから。黙って座っておきなんし。」


そう言って腰を浮かせる男を制して台所に向かう月詠は、酷く浮かれた己にはあ、と深い溜め息をつく。
自分を二度も救い出してくれた男は当たり前のように己の深い所にまで根ざしてしまっていた。
それはどんなに抗ったとしても逃れる事など出来はしない。
魅かれるべくして惹かれたのだと、泡立つスポンジに己の心の一部を染み込ませるようにそっと白い皿の上を滑らせた。


「悪ィな、客に洗いもんなんかさせて。」
「気にするな。わっちがしたいと言い出したんじゃ。」


かちゃり、と食器を元あった場所に戻しながら静かに微笑む。
背後からそれはあっち、などと指示を出されると何だか擽ぐったい気持ちになる。


「銀時、この湯呑みは…」
「ああ。これは此処。で、それはそっち。」


同じ湯呑みなのに置く場所が違うのか、と心の中で月詠が首を傾げると、銀時が飲んでいた湯呑みを元の場所に戻した時にはたとあることに気が付いた。


「…何じゃ、この湯呑みは。」
「あー。な。ふざけてんだろ?」


そう言いながら、けれどどこか照れ臭そうに笑う男の表情は初めてみるそれで、月詠は思わずどきりと胸を高鳴らせる。
銀時が飲んでいた湯呑みには“万”と書いてあり、それを置いた隣には同様に漢字一文字で“事”“屋”“参”と三つの湯呑みが並んでいる。


「“万”“事”“屋”“参”?」


これに一体どういう意味が、と月詠が男を見上げれば、銀時はがしがしと頭を掻きながら、あーと言葉を濁した。
が、部屋の隅に置いてある犬の水皿を指差して、あれで完成、と頬を緩ませた。


「“上”?…あ。」


“万事屋参上”
ああ、なるほど。
なんとも可愛らしい細工に月詠も思わず笑ってしまう。
彼らの絆が強いことは接している内にひしひしと伝わってきた。
何も言わずともお互いを信頼しあっているそれは、羨ましくもあり憧れでもあった。


「“事”は神楽で、“屋”は新八か?」
「ご明答。」


やはり、と暖かくなる胸に目を細めて、もう一人の一員である大きな犬の“上”の水皿を見てもう一度湯呑みに視線を戻した。
が、はたとある疑問が頭を過ぎる。


「…五つ?」


“万事屋参上”。“万”が銀時、“事”が神楽、“屋”が新八、“上”が定春だとすれば、一体“参”は誰だというのか。
他に誰がいたかとさっと頭の中で思い出してみるも、該当する人物はいない。
それに月詠が不思議そうな目で男を見上げると、男はあー、と今まで以上に言葉を濁してほんのり赤く染まった頬を隠すように片手でその口を覆った。


「いや、何つーか、その。餓鬼共が、さ。新八は勿論なんだけど、神楽なんかもすっげえアイツに懐いてて、な。」


それで、絶対あいつの分もいるっつうから。
まあよく家に来るし?俺らもしょっちゅう世話になってるし何つーかいや別に深い意味があるわけじゃだからその湯呑みは…


刺さったトゲは、月詠の胸の奥の奥まで突き刺して到底抜けそうにもなかった。




「お妙、知ってんだろ?新八の姉ちゃん。“参”はアイツの。」






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