Silver soul3

□いつだって無いものねだり
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「あら。どうしたんです?」


玄関から顔を覗かせた彼女はことりと首を傾げて銀時を見上げた。
その表情は本当にどうしたのかと驚いているようで、何でそんなにびっくりしてんだと、ちょっと近くまで来たから、なんて適当に理由をつけて上がり込む。
茶菓子一つ持ってくるわけでもない銀時を彼女が咎めるはずもなく、既に勝手知ったるで居間に腰をおろす彼の後ろを妙は黙ってついていった。


「今、お菓子切らしてて。」
「別に構やしねぇよ。」


座って数分と経たず出された湯気ののぼるお茶を銀時はずず、と啜る。
別に菓子をもらいに来たわけじゃないと、内心本来の目的である彼女を盗み見ると、彼女はこちらに聞き取れない小さな声で何かを呟いた。
さっきまで美味しいお菓子食べてたんだから、いらないですよね。
その言葉は銀時の耳に届くはずもなく、何、と言いかけた彼の耳に玄関で戸の開く音が聞こえてそれも喉の奥に押しやられてしまう。


「誰か客か?」
「あ、いいえ。多分、」


そう言って腰を浮かせた彼女の視線の先。
少し乱暴にこちらにやって来る足音は無遠慮なもので、家主が出迎える前に勝手に家に上がり込むくらいだから相当通い慣れていることが伺いしれる。
ならば新八か?などと彼女の弟であり己の部下を思い浮かべるが、それが思い違いだということをすぐに知らされることとなった。


「ほら。これでいいんだろ。」
「おかえりなさい。」


助かりました。ありがとうございます。
ふわりと笑って寄る姿は正しく自分が求めた姿そのもので。
銀時はそんな妙の背中を見つめながら手の中の湯呑みをきしりと軋ませた。


「ごめんなさい、土方さんに買いに行かせてしまって。」
「別にこのくらいどうってことねェよ。いつもアンタにゃ世話になってるからな。」
「まあ、皆さんのサボり場所を提供するくらいどうってことないですけど。」
「サボりなのは総悟だけだ。」


がさり、とビニール袋を受け取って笑いながら会話する二人からは、会うのが二三度目、などではないのだとはっきりと感じることができる。
その当たり前のような、日常の一部のような自然のやり取りは銀時の胸の中をざわつかせるには十分すぎるほどで、思わず腰を浮かせて手を伸ばすほどには彼を動揺させていた。


「これで今夜は明るい所で食事が取れるわ。」
「貸せ。替えてやる。」
「え、いいですよ。電球くらい自分で…、土方さんには買って来ていただいただけで十分、」
「いいから。こんな時くらい甘えとけ。」
「…ありが、」


とそこまで言いかけて妙は、後ろからぐんと強い力に引っ張られるのに諍うことも出来ず、そのまま無抵抗に身体を引き寄せられる。
何、と思ったときにはもう、背中に体温を感じて、どきりと一際大きく胸が揺れた。


「おつかいご苦労様。あとは俺がやっとくから大丈夫。」
「…お前、いたのか。」


ぴり、と痛い殺気が妙の間をかけ抜ける。
背後で表情は伺いしれないが、ちりちりと殺気を感じることからも強い目をしているのだろうことは容易に想像ができた。
そんな銀時に対して土方もまた同じく静かな殺気を身に纏わせている。


「俺は別に、切れた電球買いに行ってただけだ。」
「あっそう。ならもう用はねぇだろ。」
「変な勘ぐりすんなよ。みっともねェ。」
「何の話だよ。」
「とられたくなきゃ、しっかり捕まえとけってんだ。」


ぴり、と一際大きく殺気の波が押し寄せたかと思うと、妙が何か口に出そうと動く前にぽん、と頭の上に掌が乗った。


「じゃあな、俺は帰る。」
「え、あ、土方さん…、」
「まだ仕事が残ってんだ。」


そろそろ戻らねェと。んな顔すんな。
そう言ってもう一度乗せられた温かい手に、妙はほっと息をつく。
何やらわけは知らないが、途端に殺気立つ二人の間でつめていた息がゆるりと解かれていった。


「じゃあ、行ってくる。」
「はい。行ってらっしゃい。」


腰に回された銀時の腕のせいで動くことは出来なかったが、妙は玄関へ向かう男の背中を見送りその戸が閉まるのを耳で聞く。
それを聞き届けたと同時に妙の腰に回された腕の力も緩んだが、それでもそれが外れることはない。
それに銀さん、と居心地悪く身を捩ると、とん、と今度は肩に重みを感じて妙はぴくりと身体の動きを止めてしまった。


「何でアイツが来んの。」
「え、さっきたまたま会って、」


お茶でもといつものように家にあげて、居間の電球がきれていることを思い出して、彼が買いに行ってくれて。


「よく来るわけ?」
「土方さん?ええ。他にも真選組の人たちはよく遊びに来てくれますけど。」
「…何で、」


肩に乗せられた頭がもぞりと動く。
何かを押しつぶすような声は妙の心をざわつかせ、今度こそしっかりと回された両方の腕を振りほどくことなど到底できそうにもなかった。


「何でアイツにおかえり、とか言ってんの。何でアイツに行ってらっしゃい、とか、言ってんだよ。」


それは自分が最も欲した言葉であり、自分が最も必要とした彼女の姿であった。


「だって私は、待つことしか。見送ることしか出来ないじゃないですか。」


ぎゅっと無意識に握り締めた拳が痛いほどに彼女自身の胸をも傷ませる。
銀時の腕の中で妙は一度、ふるりとその身体を震わせた。

自分は隣に立って歩くことは出来ない。背中を合わせて共に戦う力もない。
対等に、堂々と男の隣に、背中に立ちたいと何度強く願ったって、それが叶うコトなど決して有り得ないのだ。
無力な自分が歯痒く、ただ男の帰りを待つことしかできない自分が酷く恨めしい。


「私だって、力が欲しかったわ。」


ただ待つことに、何の力があるというのか。
しかし、そんな彼女に反して引き寄せられた箇所からは痛いくらいの熱が伝わり、妙は思わずそれから逃れるように身を捩った。


「待っててくれりゃ、俺は必ず帰ってくるから。」


軋むほどに、強く抱き寄せられた腕から、絞るような掠れた声から、ひしひしと伝わる何かに奥から大きな塊が押し寄せてくる。


「お前が帰る場所を用意してくれてりゃ、俺達は、俺は、生きる希望が持てるんだ。生きて帰りてぇって、そう思えるんだ。」


おかえりなさい、って、ただ笑顔で出迎えてくれるだけで。
ただいま、と言える場所があるというだけで。


「お前は、自分で思うよりもずっと、俺を強くしてくれる。」


生を繋ぎ止めてくれる唯一の存在だから。


「…銀さん、」


だから、何の役にも立ててない、なんて言うなよ。
銀時の熱い腕に負けず劣らず、妙の熱の篭った手がその上で静かに握られた。






「お前さ、一人の時に他の男上げんなよ。」
「何でですか?」
「何でって、…それ聞く?」
「 ? 」


机に頭を乗せて恨みがましく向かい側の妙に視線を向けてみるも、彼女は本当に意味が分かっていないようで首を傾げてこちらをじっと見つめてくる。
それに銀時ははあ、と殊更大袈裟に溜め息をつき、ふいと視線を外すと、向い側からぽつり、と自分だって女の人あげるくせに、などと恨みがましい声が聞こえた。


「え、何か言った?」
「別に何も。」
「つーか、さ。電球、どこ。」
「え?」
「替えてやるよ。」
「別にいいですよ。自分で出来ますし。」
「いいから。」


他の奴に替えさせて堪るか、などと子供染みたことを彼女に知られるわけにもいかず、銀時は床に置かれたビニールの袋を取り上げて早々と電球を取り替えてしまう。
本当ならこれも自分が買いに行きたかったのだが、と彼女を横目で盗み見るも、等の本人は器用ですね、などと見当違いのことを呟いている。


「ほら、出来た。」
「ありがとうございます。」
「別にこれくらい。」


好きな子には、いつだって頼られたいものなんだよ。と言ってしまえればきっと楽なのだろうけれど。


「お菓子、買ってきますね。」
「いや、別にいいって。」
「…他の子のお菓子は食べたくせに私のは食べれないって言うんですか?」
「え、何?」
「何でもありません。」


好きな人には、いつだって喜んでもらいたいのだと言ってしまえればきっと楽なのだろうけれど。


「じゃあ、一緒に行くよ。」
「そんな。待ってて下されば私が、」
「いいから。たまには一緒に買い物も悪かねぇだろ。」
「…はい。」


一緒に家を出て隣で歩く彼女をちらりと見ながら、銀時はふむと考え込む。
先程月詠が家にやって来た時に妙の話題がのぼるやいなや、陰ったその表情を覗き込むまでもなく。
どうした、と口に出すより先にどす、と気持ちのいいくらいに完璧に鳩尾に入った拳にその場で沈められてしまった。


「て、め…、何すん…っ」
「これはわっちのただの八つ当たりじゃ。」
「な、」
「そうか。…どうやらやはり、わっちもただの女らしい。」
「は?…お前、さっきから、意味分かん…」
「なあ、銀時。」


伏せる銀時の頭上に影ができ、見上げるとしゃがみこんだ月詠は静かに微笑んだ。


「女は恋をすると、綺麗に見えるらしい。」


お前はどちらが綺麗に見える?


「あの時は訳分かんねぇと思ったけど。つか、今でも全く意味分かんねぇけど。」


はっきりせん男は嫌われるぞ、と楽しそうに笑った月詠の顔がちらりと過ぎる。
彼女が何を言いたかったのか結局最後まで理解することはできなかったが、隣でどこか楽しそうに歩く妙を見てそんなことどうでもよくなってしまう。
結局は妙がこうして笑っているだけで満足なのかもしれない。
そしてその笑顔を守ってやるのは出来れば自分の役目であってほしい。
そう思うのは随分と烏滸がましいことかもしれないが。


「ねえ、銀さん。」
「あ?」
「銀さんにおかえりなさいって言うのは、私だけの役目だって、そんな図々しいことを思ってもいいですか?」


何だそれ、堪らず彼女の髪を掻き回して非難の声を全身で浴びる。
そんなこと。言われなくたって彼女以外に有り得はしないのに。


女は恋をすると、綺麗に見えるらしい。
お前はどちらが綺麗に見える?


そんなの、


「俺には随分と前から、」







こいつが可愛く、綺麗に見えて仕様がねえんだっつうの。





    end



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