Silver soul3

□知ってるよ、好きだから
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女は言った。
綺麗でしょう、と。

男は答えた。
誰よりも綺麗だよ、と。

そして掴んでいた手をそっと離し、少女を鳥篭からそっと外の世界に飛び立たせた。




知ってるよ、好きだから




「ドレスよりやっぱり白無垢がいいかな、って」
「ああ。その方がお前らしい。」


真っ白な布に包まれた少女は幸せそうに笑う。
本当に幸せなのだと、その全身で訴えかけていた。
それに男も笑い返し、少女へと伸ばしかけた手を止めた。
もう彼女は自分が知っている少女ではないのだと言い聞かせる。
目の前で微笑む彼女はもう、己のものではない。
否、最初から誰のものでもなかった。
しかし、誰のものでもなかった彼女は今日。
見ず知らずの男のものに自ら進んで、心から望んで、自分の足でその元へ行こうというのだ。


「知り合いじゃなくて、安心した。」
「何ですか、それ。」
「俺の知り合いっつったら、ろくな奴がいねェからな。」
「それもそうですね。」


そう言ってくすくすと笑う少女は、どこで覚えたのか、酷く大人びた顔で目を伏せる。
その睫毛がきらりと光って、男は口の中でぽつりと綺麗だと呟いた。


「綺麗でしょう?」


一瞬、声が漏れていたのかと驚くがそうではなかったらしい。
少女は白無垢の裾をひらりとさせて小首を傾げて見せた。
その姿は誰が見たって。


「ああ、綺麗だ。誰よりも。お妙が一番綺麗だ。」


今までのどんな花嫁よりも、彼女が一番綺麗だと声を大にして言える。
どんな女よりも、どんな人間よりも。
男が生涯で死ぬほど愛した彼女だからこそ。


「旦那は、いい奴か?」
「ええ。道場も継いでくれるって。新ちゃんのこともしっかりサポートしてくれるみたいだし。」
「新八と言やあ、昨日も家来てひとしきり泣いてたっけ。」
「あら、そうなの?私たちの前じゃそんなの全然、」


私たち。
そのカテゴリーに収まった男はさぞ幸せなことだろう。
少々料理に難はあるが、それを省けば非の打ち所がないほどによくできた嫁だ。
男は目を細めて今はいないその男を思いながら彼女を見つめる。


「幸せか?」


それは、男が彼女に決して与えてやれなかったものだった。


「ええ、幸せよ。」
「一番?」
「今までの人生で一番幸せ。」
「そうか。」
「銀さんは?」


そう問われて銀時ははて、と首を傾げた。
自分は今幸せなのだろうか。
果たして幸せとは何なのか。
それはどこを探しても決して出てきはしない闇に包まれたもののような気がした。


「俺は。お前の目には。俺は、幸せそうに見えるか?」


その瞳は純粋無垢で、女はその手を伸ばして彼の頬をそっと撫でてやった。
それは今までに何度となく繰り返してきた行為だ。
その体温も、力の強さも、目の奥に見える激しい炎も。
何もかも、目を瞑っていても鮮明に描けるほど、何度も何度も、何度も。
飽きるほどに重ねてきた身体は、その熱を寸分の狂いなく覚えていた。


「幸せそうに見えるわ。とても。」


本当は誰に幸せにして欲しかったか、なんて。
いつからか考えることをやめてしまった。
自分たちはもう、終着駅に着いてしまったのだ。
それまでひたすらに遠回りを繰り返して見ないようにしてきたが、それももうここで終わりにしなければならない。


「銀さんは、幸せよ。」
「そうか。」


彼女が言うならそうなのだろう。
これからその手をとって、隣を歩いて、一緒に笑う相手は別にいるのだ。


「最後まで。隣を歩けなくて、ごめんな。」


近くにいながら、歩いていた道は別々だった。
決して交わることはなかった。
それでも傍にいたのは、きっと。


「言ったじゃない。私、幸せよ、って。」
「そうか。」


彼女の名前を呼ぶ声がする。
これからは、その道が彼女の道となって延々と本当の終着駅まで続いていくのだ。


「餓鬼が産まれたら、俺にも抱かせてくれよな」
「ええ。一番に、会いに来て」


男はもう、彼女に手を伸ばそうとは思わなかった。





    end



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