Silver soul3
□唯一、私が必要としたもの
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「貴女って、泣くの下手くそね。」
ふん、と鼻を鳴らしながらその隣に腰を下ろした猿飛は、濡れた瞳をきっと吊り上げる少女を見て溜め息をついた。
唯一、私が必要としたもの
いつもはしゃんと背筋を伸ばしてすましているその顔も、今は年相応に幼く見える。
そのせいか、いつものように咬みつく気にもなれず変わりに猿飛は少女の黒く輝く髪をさらりと梳いた。
「泣くならもっと、ちゃんと泣きなさいよ。」
「だから泣いてるじゃない。」
「泣いてないわよ。それ。泣くのを堪えてるだけ。」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
そう言って此方を真っ直ぐ見つめる少女の瞳はまるで助けを乞うようで。
この少女は本当に上手な泣き方を知らないのだと、指に絡ませた黒髪を解きながら猿飛はほんの少しだけ胸の奥を痛ませた。
可愛くない子ね。
口の中でそっと呟く。
年相応に不平不満を辺りにまき散らして泣き叫んでしまえばよかったのに。
きっと、それさえも許されない中呼吸をしてきた幼い少女は、心と体のバランスが未だ上手くとれていないのだろう。
そしてそれを汲み取り、隣で甘やかしてやる人間もいなかったのだろう。
「いつも作り笑いばっかりしてるからそうなるんだわ。」
きつい口調でそう言いながらも、少女の髪を梳く手は酷く優しいのだからその矛盾に猿飛自身可笑しくなってしまった。
ああ、私はこの少女を甘やかしたいのかもしれない。
「私は、貴女みたいに強くて美しくなんかなれない。」
だから、少女のその言葉は猿飛を大いに驚かせた。
思わず梳いていた手を止め、その真っ直ぐで深い黒を見つめ返す。
まさか、少女にそんな風に思われていたなんて。
「強くて綺麗なのはお妙さんの方でしょう。」
「嘘ばっかり。」
「嘘じゃないわよ。」
でなければ今、自分は此処にいるはずがない。
またぽろり、と雫を零す少女に猿飛は手を伸ばしてその頬を引き寄せた。
「何、し…」
唇に感じた少し塩辛い水を舌の上で感じ取る。
ぱちりと瞬きした時に触れた長い睫毛が肌の上をなぞり、猿飛はそっと少女の瞳から唇を離した。
「私の前でも格好つけようっていうの?」
ねえ、お妙さん。
「せめて私の前でくらい、みっともなく喚いてみなさいよ。」
そうしてもう一度寄せた唇は、今度は拒否されることなくその白い肌に吸い寄せられた。
「また、泣きたくなったら呼んで。私は、ちゃんと貴女の傍にいてあげるから。」
腕の中で未だ声を堪えて泣く少女は、それでもこくりと首を縦に動かした。
ゆっくりでいい。
ゆっくりと時間をかけて上手な泣き方を覚えていけば。
いつかずっと遠い未来に少女を上手く泣かしてあげられる男が現れるかもしれない。
それでも。
その時に自分はきっと、少女をうまく手放してやれないのだろうと猿飛は腕の中の黒髪に口付けながら更に強く抱き込んだ。
(可愛くないからこそ愛しい)
(同じ立場だからこそ、分かることは沢山あるのだ)
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