Silver soul3

□彼、中毒
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※コンビニ中毒の続編




彼、中毒




見慣れた扉を開けて、手に持っていたコンビニの袋をテーブルの上に置く。
一人暮らしを始めて三年目。
土方は床に無造作に置かれた教科書類を簡単に端に除けて、妙に座る場所を作ってやった。


「お邪魔します。」
「色々散らかってて悪ぃな。」
「ううん。レポートが重なると片付けてる暇なんてないもんね。」


そう言って妙はベッドの前に腰を下ろす。
先程寄ったコンビニで買ったものを袋から取り出し、最後におでんが入った器を机の上に置いた。


「お皿とお箸がいるね。」
「割り箸は入ってねぇのか?」
「入れ忘れちゃったみたい。」
「あの野郎…、」


そう言いながら、土方は先程出会ったいけすかない男の顔を思い浮かべる。
人の胸倉をいきなり掴んだかと思うと、次の瞬間には妙をナンパし始めたのだから腹を立てるのは当然のことに思う。
というより、殴り返さなかった自分を褒めてやりたい。


「割り箸、貰ってこようか?」
「誰に。」
「さっきのコンビニで。」
「却下!大却下!」
「そんな怒鳴らなくても。」


ちょっと言ってみただけ、と、途端に声を荒らげて腰を浮かす土方に妙は溜め息交じりに手を伸ばした。
そしてまあまあ、とその肩を押さえてから台所へと向かう。
どこに何があるのか、大体の位置は把握してしまっているのだからそれだけ自分たちは一緒にいるのだと改めて感心してしまう。
普段人とつるむことをしない土方を知っているからこそ、その特別に妙は一人、こっそりと優越感にも似た感情を沸き上がらせていた。
が、そんなことを微塵も知らない男はちっと舌打ちを隠しもせずに荒々しく胡坐をかく。


「はい、お箸。」
「ん、」
「いただきます。」
「……ます、」


それぞれの皿におでんを取り分けてから二人同時に手を合わせる。
わあ、美味しそう、とにっこりと微笑みながら箸を伸ばす妙と違い、土方は未だ難しい顔をしておでんの汁を睨み付けていた。


「ほら、土方くんの好きな玉子もあるよ。」
「……………、」
「サービスしてもらった大根、あげるね。」
「……………、」
「冷めちゃうよ?」
「……………、」
「…坂田くん、可愛かったね。」
「あァ!?」


散々人の話を無視しておいて、その名前だけにはしっかりと反応を見せる土方に妙はやれやれと肩を竦めてみせる。
拗ねる姿も可愛いとは思うが、今日一日この調子でも困るのだと妙は口を開けた土方の口の中に無理矢理に大根を突っ込んでやった。


「…っ、あっつ!」
「ふーふーしてあげようか?」
「……からかってんだろ。」
「可愛いな、って思ってるだけ。」
「どこが!」
「全部。」
「…………っ、」


そう言ってにっこりと極上のスマイルを見せつけられては、さすがの土方も口を閉ざすしかない。
しかしそれと同時にこの笑顔に奴もやられたのだとまた胸の中を黒い靄が覆い尽くした。


「それ。」
「なあに?」
「他の奴に見せんなよ。」
「それって?」
「その顔!」
「あら、どういう意味?私の顔に文句でもあるの?」
「馬っ鹿!そうじゃなくて…って、その手、やめろ!」


どこをどう勘違いしたのか。
机越しに土方の胸倉を容赦なく締め上げてくる妙に、土方は早々に両手を挙げて降参と叫んだ。
見た目と中身のギャップが激しすぎだといつか不満を漏らしたこともあったが、今ではそこも魅力の一つだと感じてしまうのだから相当彼女に入れ込んでいるのだろう。
そんな自分の変化に戸惑いを感じつつもこんな日々がずっと続けばいいと願っている。
だからこそ、先程の男は土方に警鐘を鳴らさせるには十分すぎるほどであった。


「二度と、あのコンビニには行くなよ。」
「珍しく寄り道したと思ったらこんなことになるなんてね。」
「ちっ、数時間前の自分を呪ってやりたい。」
「なあに、それ。」


くすくすとまるで人事のように笑う妙に土方はむっと眉間に皺を寄せると、呑気に鼻歌などを歌いだす彼女にそっと指を伸ばす。
そしてその黒髪の先を捉えると、不思議そうに首を傾げるその顔を引き寄せて小さな唇に噛み付いた。
僅かに歯を立てた後は、それを労るように優しく舐める。
それを数度繰り返していると、さすがに恥ずかしくなったのか、ほんのり頬を染めた妙の手によって顔を押し退けられてしまった。


「んだよ、」
「おでん…、冷めちゃう、」
「あっためなおせば?」
「いや、もう、土方く…、」
「おでんより先に、俺の機嫌なおしてくれよ。」


馬鹿、狡い。そんな言葉は土方の中に潰されて消えた。


「あー、食った。」
「レポートやるんじゃなかったの。」
「やるよ。夜に。」
「それじゃあ私が来た意味ないじゃない。」


それから冷めたおでんを二人でつつき、膨れたお腹に土方はごろりと寝返りを打つ。
すっかりなおったらしい機嫌に、つられて笑みが溢れるも、そう毎回流されてたまるかと妙は少しきつい口調で土方の肩を揺さぶった。
が、一向に動く気配を見せず、妙もまた仕方ないなあと言いながら土方の腹の上に頭を乗せる。
結局自分はこの男に甘いのだと何度も反省するも、甘えてくれるのは自分にだけなのだからまあいいか、なんて思ってしまう。


「レポート一人でやれるの?」
「一緒にやりゃいいだろ。」
「だからいつ…、」
「泊まってくだろ?」


な、と少し頭をもたげてこちらを見つめてくる土方に、妙はまた口の中で狡いと言葉を飲み込んだ。


「その目、嫌い。」
「どういう意味だ、こら。」


土方の低い声がお腹を通して伝わってくる。
しっかりと鍛え上げられたそれに頬をすり寄せながら、妙は気付かれないように口元を揺るませた。
中毒、とはよく言ったものだ。


「夜ご飯は、またあのコンビニに買いに行こうか。」
「あァ!?絶対ぇ、やだ。」


大きな手が自分の髪をそっと撫でるのを感じながら、妙はこっそりとコンビニの店員である銀色の男に感謝した。




(土方くん、コンビニ)
(うっせぇ、行かねぇ)
(残念。)


(やきもちを妬く君がとても可愛くて)



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