Silver soul

□空谷の跫音
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毎日変わらず幕府のために、仁義のために、己のために…

そんな単調な生活の中に変化をもたらしたのはほんの小さな桃色だった ―



【空谷の跫音】



いつもの見廻り途中に総悟に逃げられ舌打ち混じりに煙草を咥えた。
ふと天を仰ぎ見れば夏に差し掛かった青々とした空。

胸いっぱいに吸い込んだ煙を同様に吐き出せば夏の空がそれを浄化した。
と同時に見える色彩。
煙のフィルター越しにあの桃色が見えた。

それはいつも肌身はなさず身に着けている唐傘を広げ、まるで飛ぶかのように軽く地を蹴った。
猫のように音もなく堤防の上に飛び乗ると足取り軽く、その桃色の髪を靡かせる。


「よぉ、一人なのは珍しいなぁ。」


何の気なしに声を掛ければ桃色の髪に見え隠れしていたその幼い顔が僅かに覗く。


「真選組の副長がこんな処で何してるネ。給料泥棒で訴えるぞコノヤロー。」
「見廻りだ、見廻り。」
「あの生意気な餓鬼はいないアルか?」
「あぁ、さっき逃げやがった。」


桃色…チャイナ娘は(大して変わらないが)ふーん...と大して興味なさ気に返事を返すと、また視線を前に戻し歩を進めた。


「私この花好きネ。」


ふと歩みを止め道の隅に咲いていた花を指差し笑う。
その笑顔はやはり子供で、けれど酷く眩しく見えた。


「紫陽花っつーんだよ。」


煙を吐き出し残り僅かとなった煙草を揉み消す。
興味深そうにそれを見つめる姿に自然の笑みが零れた。


「なぁ、チャイナ娘。」
「神楽。」
「あ?」
「私、ちゃんとパピーとマミーがつけてくれた神楽って名前があるネ。」


少なからずとも俺は動揺していたのだろう。
咄嗟に返す言葉がなく黙っていると、また不満そうに名前を口にした。


「…悪かったな、チャイナ娘……神楽。」


俺がそう口にすると、チャイナ…“神楽”は嬉しそうに微笑みまた堤防の上を歩き始めた。
不覚にも胸が高鳴った…なんてことは誰にも秘密だ。


「トシちゃん、真選組って何アルか?」
「あぁ?つーかトシちゃんって…」
「あのゴリラは“トシ”って呼んでるネ。狡いから私はトシちゃんって呼ぶアル。」


何が狡いのか…。
そう思ったが敢えて口には出さず、好きにしろとだけ答えた。


「トシちゃんは真選組が好きアルか?」
「…あぁ、そーだな。」
「でも評判はガタガタのボロボロネ。」
「はっきり言うな。」
「何か悔しいアル。」


ぴたりと歩みを止めた“神楽”に合わせて俺も立ち止まる。
先程から予測もつかない会話に置いて行かれそうになる。
が、“神楽”の目があまりに悲しくて俺はただその目を見つめ返すことしか出来なかった。


「真選組の評判は最悪アル。けど、それじゃあ可哀相。」



トシちゃんはこんなにも綺麗なのに…――



思わず手を伸ばした。

羽でも生えているのかと思うほど簡単に身体は宙を浮き俺の腕の中に収まった。

あぁ、少し前まで総悟もこのくらいだったな…なんて思いながら。


「俺はどう言われようが関係ねぇ。ただ真選組のために動くだけよ。」


それに綺麗なのは俺じゃねぇ。
お前の方がよほど綺麗だ…



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