Silver soul
□−long awaited−
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眩しいくらいの桃色が風に靡く。
手すりに持たれかかって彼女は深くため息を付いた。
その光景は何とも扇情的で、見る者は皆感嘆にも似た溜息を洩らした。
そんな誰をも魅了する彼女は、数年前までは町を暴れ周り、自称歌舞伎町の女王と言い回っていたあの幼い少女の面影をほとんどと言っていいほど残してはいなかった。
未だにポケットの中身は彼女の大好きな酢昆布が詰まってはいるものの、既に立派な女性へと変貌を遂げていた。
何気なく通りを見渡す。
それでも探すのはあの一色、それだけだった。
今でも昔と変わらず彼女の世界の色彩は眩いほどの銀色と、全てを飲み込んでしまいそうなほど深い黒色だけ。
視界の隅に、見慣れた黒を見つけてぱっと顔を上げた。
「ト… 」
がしかし、彼女の表情は途端に曇る。
あれは自分が求めている黒ではない。
自分が求めているものは、今ではずっと遠くに行ってしまったというのに…
その事実を表面上では認めていたものの、やはり心のどこかで諦めきれない自分もいた。
それが歯がゆくて彼女は自嘲にも似た笑みを溢した。
「神楽ちゃん、風邪引くよ。」
後から優しい声が聞こえて振り向けば、少年と言うには少し大人びた彼が薄い毛布を持って立っていた。
あれから六年。
彼女らは変わらずこの万事屋で気ままな生活を送っていた。
「銀さん、お昼にしますよ。」
新八がそう声をかけると、今までジャンプを顔に乗せて眠り込んでいた家主が身体を起こす。
その瞳は今も変わらず死んだ魚のようだ。
「あー、しんどー…」
「なに年寄りみたいなこと言ってんですか。」
「銀ちゃんはもうおじいさんヨ。三十路過ぎはもう唯の年寄りネ。」
神楽は白い超大型犬の定春を撫でながら銀時に向かって深い溜息を付いた。
「若いもんはいいねー、まだまだ夢やら希望やらが詰まってて。
俺なんか詰まってるもんといやー腹のもんが…、ってちょっと聞いてくれる?最近便の調子が悪くてさ…」
「食事時間にそんな話をしないで下さい!!」
相変わらず出来損ないの大人ぶりを発揮しながら、銀時は新八に叱られながらに席に着いた。
そして向かいのソファに新八、神楽が腰を下ろす。
変わらない。数年前と何も変わっていない。
しかしそんな変わらない日々の中にも、見えない何処かで何かしら変化はあるわけで。
その変化が誰にとっても良いものであることは最も望ましいものでありながら、決してそうではない現実が歯がゆい。
黙々と食事を続ける三人の中で、新八が口を開いた。
「…姉上、今週家出るみたいです。」
その変化は、少なくともこの家主にとっては良い結果ではなかったことを神楽は知っていた。
「あー、そう。」
銀時はさも興味なさ気に答える。
「道場にはたまに掃除しに帰るみたいですけど。」
「もう道場の建て直しだの何だの心配せずにすんで良かったじゃねーか。」
「まぁ、そうなんですけどね…。」
神楽は黙って食べ続けた。
「…銀さん、銀さんもそろそろいい人見つけなきゃいけないんじゃないですか。」
もういい年なんだし…、そう言いながらも新八の表情は浮かなかった。
「…生憎、いい女はとっくに人妻なんでね。」
「銀さん… 」
それからは誰も口を開こうとはしなかった。
食器の僅かな音だけがその空間を支配する。
神楽は、時間の変化というものを少なからず怨んでいた。
「定春、散歩行くアルよ。」
定春の背中に乗って町を徘徊する。
しかし結局行き着くのは昔からの行きつけであるあの小さな公園なのだ。
少し錆付いた音を立ててブランコが揺れる。
それに乗りながら、嗚呼あの日もこうして一人でブランコを漕いでいたな…と刹那その日に思いを馳せた。
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