Silver soul

□Quiet sleep
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「そんなに怖いんなら見なきゃ良かったじゃねぇか。」
「だって…。でも土方さんだって怖かったでしょう?」
「ば…っ、怖くなんかねぇよ!」


季節はずれ。
もう充分寒い季節だって言うのに、総悟の悪ノリで一本のDVD上映会が行われた。
天候は雨。
たまたま屯所前で雨宿りしていた彼女をそのままにしておけず、中に招いた結果がこれだ。


「ったく、いらねーもん見せやがって。」
「…ああ怖かった。あの女の人が後ろからぬうっと…」
「わー!馬鹿!思い出させるんじゃねェ!」


思わずそう言ってその口を手で塞げば、彼女は小さくごめんなさい、と謝った。
いやいや、怖くない。
俺は決して怖くないがしかし。


「私、ああいうの駄目なんです。」


お化けとかそーいうの。
そう言ってしゅんと項垂れる彼女に、俺もだと言ってやりたかった。


「所詮、つ、作り話だろ?」
「でも、最初のテロップに“本当にあった”って…」
「ううう、嘘に決まってんだろ!」


ああ情けない。
思わず上擦る声に、心の中で叱咤する。


「今日、新ちゃんお泊まりなんです。銀さんの所に。」


明日朝早くからお仕事があるみたいで。
そう言う彼女はまるで小さな子供のようだった。


「ねぇ、土方さん。」
「あ?」
「今日、泊めて下さらない?」


ぽろ、と銜えかけた煙草が畳に落ちた。


「駄目?」
「だ、駄目に決まって…っ、」


一晩中、しかも俺の部屋で彼女と二人きりだなんて冗談じゃない。
何もしない保障など微塵もありはしなかった。


「そう、ですか…」


ああ、そんな顔するな。
まるで親に怒られた子供みたいな。
捨てられた猫みたいな。


「じゃあ、仕方ないから私も銀さんに泊めてもら」
「却下。」


それこそ冗談じゃない。
馬鹿か。
誰があんな飢えた獣の所に彼女をやすやすと送るものか。


「さっきのは撤回だ。」
「え?じゃあ、」
「泊まってけ。」


寝不足になろうが知ったことじゃない。
しかし、途端に嬉しそうに微笑む彼女に今夜のことを考えてくらりと眩暈がした。


「あったかい、」


生き地獄、とはまさにこのことだろう。
極力彼女を意識しないようにと全神経を寝ることだけに集中させる。
がしかし、僅かに離した隣の布団がもぞりと動くだけで、俺はびくりと身体を硬直させた。
全く、思春期の餓鬼かってんだ。


「ねぇ、土方さん。」


寝たふり、寝たふり。


「ねぇ、…寝ちゃったんですか?」


そうだ、と心の中で相槌を打ち、固く瞳を閉じた。


「土方さん…」


ああ、馬鹿!
そんな泣きそうな声出すな!


「………、」


と、急に静かになった隣に恐る恐る瞳を開けると、意に反して彼女の姿はそこにはなかった。
な…っ。
慌てて身体を起こそうと身を捩って違和感。


「……う、わっ!!」


思わずあがった声に、彼女は困ったような表情を向けてきた。


「ばっ!何やってんだお前っ!!」
「だって土方さんが返事してくれないから…」
「だからってなぁ!お、前、人の布団にっ」


どうにかなってしまいそうだ。
途端にくらくらする頭を必死に機能させて、あろうことか俺の布団の中に潜り込んできた彼女を慌てて引き剥がす。


「こっちで一緒に寝ちゃ駄目ですか?」
「駄目だ!」
「どうしても?」
「どうしても!」


何だってこうも警戒心がないのか。
女と男が二人きり。
更に同じ布団で寝ることがどういうことなのか、彼女は分かっているのだろうか。
それが好意を寄せている相手なら尚更。


「いいから自分の布団で寝…」
「怖いんだもの。」


は?と思わず押しやる手を止める。
もう一度、と耳を傾けると、半ば自棄になったように、彼女は声を荒げて言った。


「仕様がないじゃないですか!怖いんだから!」


僅かにその瞳が水気を帯びているのは見間違いだろうか。


「言ったでしょう?あーいうのは苦手だって。」
「…妙……、」


ぎゅうと俺の着流しを掴んでくる手は僅かだが震えていた。


「…震えるほど怖かったのかよ。」


胸の中でこくんと頷くその頭は酷く小さかった。


「はぁ、」
「…呆れた?」


じっと下から不安げに見つめてくる彼女に、ふっと微笑む。


「ばーか。その逆だよ。」


そう言ってその身体をぐいと引き寄せて抱き締めれば、一瞬驚くもすぐに嬉しそうに擦り寄ってくる。
それが無性に愛しくて。


「全く。意外と子供らしいところもあるじゃねーか。」


いつもの彼女からは想像もつかない可愛い一面。
普段気を張っていても、些細なことでそれは意とも簡単に剥がれてしまう。


「これは俺が怖いとか言ってる場合じゃねーよな。」
「…土方さんも?怖かったんですか?」
「ああ、怖かったよ。」


さっきまでな。
そんなもの、今ので一気に吹っ飛んじまった。


「子供っぽくて嫌いになった?」


さらさらと指通りの良い髪に指を絡ませて、そしてそのまま口付ける。


「いーや。惚れ直したよ。」


せめて夢では怖い思いをしませんように。
とんとんとその背を優しく叩いてやってから、心地良さそうに瞳を閉じるその愛しい彼女にまた口付けた。


「いい子だな、妙。」
「…子供扱いしないで下さい。」
「今は子供だろ。」


僅かに拗ねた彼女の機嫌を取るように頬を優しく撫でれば、すぐに瞳を和らげる。
その香りにうっとりと酔いしれながら俺もまた瞳を閉じた。


「おやすみ、妙。良い夢を。」
「おやすみなさい、土方さん。」






(今までで一番の安眠を)



     end



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