Silver soul

□甘い罠
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誰にも知られちゃいけない恋がある。
飽き症な彼と彼女には、それはうってつけの良薬であり、何よりも甘美であった。



甘い罠




ぺらぺらと教科書がめくれる。
僅かに開けた教室の窓から気持ちの良い風が入ってくる。
それにつられるかのように意識も風と共に何処かへ流してしまう者、真剣にペンを握る者、少し早い朝食を取る者、など様々だ。
カツカツと白いチョークが黒板に文字を書き連ねるのを妙はじっと眺めていた。

汚い字だな、と思う。
相変わらずやる気のなさそうな声で授業を展開する彼の言葉を聞いている者は既に半分にも満たなくなってしまった。
それでも妙は只じっと彼を見つめる。


「ここはテストに出すかもしれないし出さないかもしれないところだ。
 …テキトーに覚えとけ。はい、次ー。」


先程まで元気に突っ込みを入れていた新八も今では夢の住人と化していた。
さすがにあの担任の相手を一人でするのはきつい。


「ここは大事みたいだからちゃんとマーカー引いとけよー。」


あ、と妙は心の中で呟いた。
本日4度目。
ぴたりと目が合う。
彼は一瞬、本当に一瞬、その瞳に優しい色を宿す。
それは妙の心を揺さぶるには十分すぎるほどで、妙はそれに答えるようにしてにこりと微笑んだ。
誰も気付かない、それ。
自分たちしか分からないその合図は確かに彼と彼女の心を昂らせていた。


「はいはい。んじゃ、先週のテストを返すぞー。近藤…」


生徒が返ってきた答案用紙にそれぞれ文句を言いながら席に戻る。


「志村、妙。」


妙は席を立ち答案用紙を取りに銀八の元へゆっくりと近付いた。


「はい、よく頑張りました。次ー、」


何でもない動作。他の生徒と少しも違わない。
しかし唯一違うあるものに妙は気付いていた。
かさり、と答案用紙を広げて思わず笑みを浮かべる。
別に点数がどうとかではない。
そんなものどうだっていいのだ。少なくとも妙にとっては。
それよりも重要なのは…


“いつもの所で”


点数の右隣。
鉛筆でこっそりと書かれているその短い言葉に妙は満足げに微笑んだ。





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