Silver soul
□きみ不足が深刻です
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一ヶ月、隊務で江戸を離れることになった。
それを彼女に告げると、彼女は気を付けてと一言。
その笑顔がいつもと変わりなくて、気付かれないようにこっそりと拗ねたのを君は知っているだろうか。
「暇…、」
「沖田隊長!全く暇じゃないですよっ。」
いつもと違う町を歩きながらそう呟くと、隊士の一人がすかさず反論してきた。
手にはスケジュール帳。
今日一日の予定がびっちりと書かれているそれは、横目で見てもうんざりだ。
「この後すぐ会議に出て、その足で市中見廻り。帰ったら即報告書提出です。」
毎日忙しすぎて目が回りそうですよ、と泣きそうにそう言うそいつに喝を一つ。
「あーあ、本当に暇で暇で死にそうでさァ。」
こうやって町を歩いていても、俺には全てがモノクロの世界に見える。
どんなに歩いても、どんなに探し回っても、辺りを見渡しても。
今、俺の一番会いたい彼女には会うことはできないのだから。
「はい、どちら様?」
「こちら様でさァ。」
声を聞いて安堵。と同時に自分自身に情けないと叱咤。
「あら、沖田さん。お仕事は大丈夫なんですか?」
「今日の仕事は全部終わりでさァ。」
「そうですか。」
声だけでも分かる彼女の笑顔に自然と胸が温かくなるのが分かった。
一ヶ月くらいどうにかなると思ったのが大間違い。
ついに我慢が出来なくなって手に取った受話器は、まるで待ちわびていたかのように数コールで彼女を呼び出した。
「ちゃんとご飯食べてますか?」
「えぇ、」
「お仕事、辛くないですか?」
「大丈夫でさァ。」
「風邪引いてないですか?」
「それも大丈夫。」
「怪我、なんてしてないですよね?」
「もちろん。」
「何か変わったこと…」
「お妙さん。」
まるで母親のようだと笑えば、彼女は少し不服そうに、それでも笑って元気ならいいです、と一言。
途端にぎゅうと締め付けられる胸に、俺は殊更大げさに溜め息を吐いた。
「沖田さん?やっぱりどこか具合が…」
「そうですねィ。どこか悪いとしたら、それは、」
ぐっと、彼女が息をつめるのが分かる。
それにもまた締め付けられる胸。
ああ、まいった。
「お妙さん、」
「はい。」
きみ不足が深刻です。
「………」
途端に黙ってしまった彼女に思わず笑ってしまいそうになる。
滅多に動揺しないからこそ、これは自分だけの特権だと優越感に浸れる瞬間でもあるのだ。
「沖田さん。」
「何ですかィ?」
緩む頬を抑えきれずにしっかりと彼女の声に耳を傾ける。
「私もね、沖田さん欠乏症だわ。
だからね、早く、帰ってきて。」
ああ、やられた。
「………狡いですぜィ…」
「あら、お互い様だわ。」
くすくすと甘い笑い声を響かせる彼女に脱帽。
「そんなこと言われたら、今すぐにでも帰りたくなりまさァ。」
「ちゃんとお仕事頑張ってきて下さいね。」
「帰ったら、一番に会いに行きやす。」
「楽しみにしてるわ。」
やっぱり彼女には敵わない。
それでも弾む心を誤魔化しきれそうもなく、俺は今までで一番の仕事ぶりを発揮した。
予定より大幅に早く終わった今回の仕事。
帰ったら、真っ直ぐきみの元へ行くよ。
そして、抱き締めて、ただいま、って。
不足した分を取り戻しに。
end
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