bleach

□deep sea
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深く、深く。
海に沈んでいく。

目の前に広がるのは真っ青な水、水。
手を伸ばして海面の太陽に手を伸ばすけれど、私の身体は意に反して更に深く。
呼吸をして、こぽり、と空気の塊が目の前に漂った。

このまま目を閉じて、深く、深く沈んでしまえばどんなに楽だろう。
もっと深く。
光さえ届かない奥深くまで沈んでしまえば、手を伸ばさなくても生きていけるのに。
光の存在なんて気付かなければいい。
そうすればずっと、暗い闇の中で生きていけたのに。

「井上、」

ああ、これは夢だ。
目の前に、何よりも眩しい彼がいる。

「井上、」

その温かい手で私の髪を撫で、その深い瞳で私を包み込む。
海の中で、彼は私を抱き締めた。

「ごめんね、黒崎くん。」

何とも分からずただただ謝罪の言葉を水中に吐き出す。
それは気泡となり、頼りなくゆらゆらと上っていった。

「俺が、守ってやるから」

それが彼の口癖だった。
いつだって私を守ってくれた。
一度たりとも彼のその言葉を疑ったことはなかった。
だからこそ。

「もういいよ。」

自由にしてあげる。

「ごめんね、黒崎くん。」

今まで守ってくれてありがとう。
誰よりも、傍にいてくれてありがとう。

「大好きだよ、」

大好きだった、なんて過去形なんかにしたくない。
今でも、
これからも、
ずっと、ずっと、何度生まれ変わっても。

「大好きだよ、黒崎くん。」


井上 ―


ざばり、と水中から引き揚げられた気がした。

「…何泣いてんだよ、」

ふいに感じる冷たい感触。
それに一瞬まだ水中にいるのかと、動かない頭でぼんやりと考えた。

「グリム、ジョー…」

目を開けると目の前には鮮やかなブルー。
やはり自分はまだ水の中なのだろうか。

「寝るか、泣くか、どっちかにしろ。」

ひたり、と自分の頬に手を当ててそれが水気を帯びていることに気付いた。
ああ、私はやっぱり夢を見ていたんだ。
急にずしり、と重くなる身体を重力に任せてベッドに沈める。

「夢を、見ていたの。」

ぽつり、と独り言のようにそう言えば、案の定、彼は何も返事を返さずその続きの言葉を待っているようだった。

「あのまま、沈んでしまえたら良かったのに…」
「馬鹿か、」

額に冷たい手が乗り、それはゆっくりとそのまま私の髪を撫で、するすると梳いていく。
まったく違う感触。
温かみのないその手。

「ここは水の中ね。」

冷たくて、暗くて、真っ青で。

「でも、」

それもいいかもしれない。
このまま何も考えずに沈んでいくのも。

「…いいから寝ろ。」

虚ろな瞳の私を怪訝な顔で見ながら、彼はそっとその手で私の顔を覆った。

「ぐだぐだ考えやがるから変な夢を見んだよ、」

乱暴なその口調。
でもそれがここでは何よりも心地良かった。

「さよならをね、言ってきたの。」

じわり、とその大きな手を僅かに濡らす。
私の目を覆っているその冷たい手が微かに動いた。

「…で、そいつは何だって。」
「泣きそうに、笑ってた。」

泣いてるのは私の方だ。

「グリムジョー…、」

光なんかいらない。
深く、深く沈んでいきたい。
恋い焦がれる光なんて、手の届かないところにやってしまいたい。
寂しくなんて、辛くなんて、ない。

「グリム、ジョー…、」
「何だよ、」


俺は此処にいるだろう ―


「今だけ、」


少しでいいから、傍にいて…


ここは水の中。
深く、深く、
貴方が私を深いところまで連れて行って。


「お前はずっと、此処にいるんだ」


その言葉が何故だか、私を酷く安心させた。
深く、深く。
引きずり込まれるように沈んでいく。

あの温かい光にはもう二度と、触れられない。

さようなら。

そして、
こんにちは。


「おやすみ、織姫 」


此処は深い、深い、水の中。






     end





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