bleach

□サクランボの悪戯
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「あ、恋次くんだ!」


その弾んだ声に振り向けば、栗色の髪の彼女が嬉しそうに駆けてくるのを見た。


「おお、井上か。」
「何してるの?」
「買い物帰り。に、ちょっと寄り道。」


土手の下。川を眺めながらぼうっとしている見慣れた後姿を見つけて織姫は声をかけた。
浦原からの使いで出てきたという恋次にふうん、とその彼の手の中にあるスーパーの袋を覗き込んで、織姫は同じだね、と笑った。


「井上も買い物帰りか?」
「うん。今日の夜ご飯と、乱菊さんがお煎餅を食べたいって。」


そう言ってがさりと揺らした彼女の買い物袋の中には、確かに数種類の煎餅の袋が確認できた。
それに大変だな、と言葉を返せば、意に反してにっこりと微笑まれる。


「ううん。誰かとご飯を食べれるのってすっごく嬉しい。
 今は乱菊さんも冬獅郎くんもいるから楽しいよ。」


その織姫の言葉に、恋次ははたと彼女の境遇を思い出した。
ああ、彼女はずっと一人だったのだ。
いつも笑ってばかりいるから気付かなかったが、きっとどうしようもなく寂しい思いをしてきたのだろう。


「いい天気だね。」
「お前、時間あるなら座ってけよ。」
「いいの?」


未だ立ったまま話を続ける織姫を恋次が座れと促す。
ここでこのまま彼女を帰してしまうのは、何だか惜しい気がした。
というより、彼女の寂しさを感じ取ってしまったからかもしれない。


「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「どうぞ。」


ちょこんと遠慮がちに隣に座る織姫を確認して、恋次は空を見上げた。


「本当にいい天気だな。」
「平和だねー。」
「だな。」


目を閉じれば目の裏に優しい赤が広がる。
太陽の光を全身で感じながら風音を耳で聞くと、ふと隣から織姫ががさがさと袋を漁り始める音が聞こえた。


「恋次くん。さくらんぼ、好き?」
「…は?」


突然の質問に閉じていた瞳を開けると、サクランボのパックを手に織姫が首を傾げていた。


「今日の夜のデザートにと思って買ったんだけど。試食で食べたらすっごく甘くて美味しかったの。」


だから恋次くんもどうかなーって。
そう言ってそのサクランボを一つ差し出してくる織姫に、恋次は断るでもなく素直にそれを受け取った。


「サンキュ、」
「いえいえ。どうぞ召し上がれ。」


一粒口に放り込めば、途端にじわと甘さが広がる。


「美味ぇ…。」
「でしょ。」


恋次がそう感心しながらもう一粒サクランボを口に放ると、織姫は得意げに微笑んで見せた。
それを見て恋次は思わず目を細める。
太陽みたいだな、と。さすがに口にはしなかったが、裏表のないその表情に胸が温かくなる。


「ねぇ、恋次くん。知ってる?」
「あ?」
「さくらんぼを口の中で結べたら、キスが上手ってことなんだって。」


思わず噴き出しそうになるのを寸でのところで止めた。


「な…っ、」
「井上織姫、さっそくチャレンジします!」


いきなりな発言に恋次は目を白黒させるが、発言した本人は大して気にはしていないらしい。
いうが早いか、隣で口をもごもごさせてサクランボと格闘する彼女を横目で見ながら、恋次は堪らずぷっと吹き出してしまった。


「井上って、本当に飽きねぇよな。」


その言葉にきょとんと首を傾げる彼女の頭を、ぐりぐりと掻き回してやる。
そして恋次もまた、その遊びに付き合うべく、サクランボを口の中に放り込んだ。


「んんー、へんじくんへきたー?」
「…ん……、まだだな、」
「むー…、はへ?…もご、」
「へっこうむずかひいな…、」


土手下で口をひたすらもごもごさせている自分たちはきっとかなり奇妙なんだろう。
普段ならこんな子供染みたことなど決してしないが、織姫があまりにも真剣で、恋次もついつい熱くなってしまう。
それから数分。
長い間サクランボと格闘していた二人は、ほぼ同時に声を挙げた。


「…出来たっ!」
「おっ!俺も。」


そう言って互いにべっと舌を見せ合うと、そこにはきちんと結ばれたサクランボが。
それを満足げに確認しあって、二人は声を挙げて笑った。


「はは、本当に何やってんだ俺ら。」
「でも意外と白熱したねー。」
「だな。」


真っ青な空の下に二つの楽しそうな笑い声が響く。


「てことは、私たちキス上手いんだよ。」


その織姫の発言に、今度は驚かずに恋次は頷くことが出来た。


「かもな。」
「でもそれを判定してくれる人がいないとなー。」
「確かに。」


くすくすと笑いながら冗談交じりに言葉を続ける。


「今から通った人に判定してもらおうか。」
「土手上を一番最初に通った奴が生贄か。」
「おじいちゃんだったらどうしよう。」
「餓鬼かもな。」


未だ笑い声は止まらない。
こんな子供みたいにはしゃいだのは久し振りだ。
柔らかな風が二人の間を吹き抜ける。


「誰が一番かなー。」
「お、向こうから誰か来るぞ。」


きっと、こんな何気無い毎日が幸せなんだ。


「「あ、黒崎くん/一護だ。」」






     end


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