bleach

□vanity
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どうしてかな。
手が震えるの。
心にぽっかり穴が開いたみたいで。

まるで、大きな穴が。
胸の真ん中を冷たい風が吹き抜ける。
そう。
貴方みたいに。



       vanity



「井上さん、」
「もう少しだから。すぐ治すからね、石田くん」

心が痛い。
なのに身体は至って冷静で。

「…井上さん、」

何か言いたげな彼の目を見ていられなくて治療に集中する。
やめて。
そんな目で私を見ないで。
熱い塊が全身を浸食する。焼き尽くす。
でも頭の中は氷みたいに冷え切っていて。

「治ったよ。もう大丈夫」
「…ありがとう」

まるでそうすることが当たり前のように。
自分の意志とは無関係に頬の筋肉は緩んでいく。
笑うことが、誰かに微笑みかけることが、既に義務付けられた何かのように。
そう言えば、此処にきて笑ったことはあっただろうか。

彼に、
微笑みかけたことはあっただろうか。

「井上さん。」

はっきりと、今度はその言葉が私の耳に届く。
いつもの石田くんからは考えられないほど乱暴に、私の腕を掴んで無理矢理顔を上げさせられた。
怒られるかな。
きっと私はそれを望んでる。
けど、彼は意思に反して今にも息が詰まってしまいそうな苦しげな表情を私に向けた。

「石田くん?どうしたの」

どこか痛いの?
そう言ってその頬を撫でれば、彼の瞳は一瞬赤く染まった。
それを綺麗だと思いながら、それでも違うあの冷たい色彩を思った。

「痛いのは、井上さんだろう」

無理しなくていい。
両頬に手を添えられ、真っ直ぐ見つめられる。
奥の奥。
冷えた頭の芯まで見透かされているような気がして途端に怖くなった。
に反して冷える身体。
熱い彼に対して冷たい私。
こんなに冷静なのはどうして。心が、冷たい。

「此処には、誰もいない」

弾かれたように身体が震えた。

ううん。
私、冷静なんかじゃない。
今にも壊れてしまいそうな心と身体は悲痛な悲鳴をあげていた。
今にも叫びだしてしまいそう。
あまりにも苦しすぎてどう表現していいのか分からなくなってしまった。
苦しい。痛い。痛い。苦しい。

「私…、わた、し…っ、」
「大丈夫。此処には誰もいないんだ。黒崎も、俺も、他のみんなも」

アイツも。

その瞬間、かあと身体が熱くなった。
叫べと心が訴えた。
泣けと身体が私を叱咤した。

「私……っ!」

勢いよく流れだした水は止まることを知らず身体の中の全てを吐き出してしまうんじゃないかと思うほど。
息も吐かずに叫んだ。泣いた。

「私、は……!」

心を教えてあげたかった。
共有したかった。
伸ばされた手を掴んであげたかった。
引き寄せて、抱き締めてあげたかった。
その存在を愛してあげたかった。
愛して、ほしかった。

「遅かったの。何もかもっ。」

彼が消えると分かった時に。
全てが凍りついた気がした。
涙は出なかった。
分かってたから。
いつか離れなければならないことは。
みんなの元へ帰るには、彼は消えなければならない。
分かってた。
なのに怖かった。
彼が私の元からいなくなるのが怖かった。

「一緒にっ、」

一緒に生きていきたかった。
何も要らなかった。
二人で、生きていきたかった。

「一緒にお買い物に行って、一緒に寝て、一緒に学校へ行って」

一緒に笑って、泣いて、怒って、心を、共有して。
いっそ一つになってしまいたかった。
一緒に、

「そんな当たり前のことを、彼と一緒に」

馬鹿みたい。
そんな夢物語。
それでも日に日にその瞳が和らぐのを私が一番知っていた。
私が一番彼を愛していた。

一緒に、行きたかった。

「愛して、たの」

頬を伝う涙は喉を締め付け心を締め付け、全身に火傷を負わせた。
会いたい会いたい会いたい会いたい。




「ウルキオラ、さん」




さらりと私の髪を撫でる貴方に、キスをした。





「ごめんね、石田くん」
「いや。」

そのごめんねにはいろんな意味が含まれていたけど。
彼はそれを一字一句違うことなく受け取ってくれたみたいだ。

「此処には誰もいなかったんだ。勿論、俺も聞いていない」

ありがとう
その気持ちも込めて、今度は心から微笑んだ。




「生まれ変わったら、一番に会いに来て。」

そして私を一番に愛して。

夢物語でもきっとそれは生きる糧になる。




Let's laugh by next world together.








     end





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