カードファイトヴァンガード 短編

□一緒にいるための方法
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そろそろか。レンが自室の時計を見やる。秒針を見つめ、心の中でカウントする。3、2、1……。
コンコン、と。扉がノックされた。入ってきたのはチームメイトで副部長の鳴海アサカだ。彼女はお盆にコーヒーカップをのせて運んでくる。

「レン様、コーヒーです」
「ありがとう、アサカ」
レンはアサカのコーヒーを笑顔で受け取った。
いつも通りの時間に、いつも通りのアサカのコーヒーだ。

「美味しいですか?レン様」
「うん。勿論だよ、アサカ」

アサカは嬉しそうに笑う。彼女にとってこうしていることがなによりも幸せなのだ。そして、それはレンにとっても。

「アサカ、お腹すきましたー」
「わかりました、なにかお作りしますね」
アサカはいつもレンと一緒にいるからレンの好みを熟知している。今日はなんだかホットケーキを食べたい気分だ。
しばらくすると、アサカがホットケーキを持って現れた。

「すいませんレン様。今日はこんなものしかなくて……」
「いいんですよー。僕、丁度食べたかったんです」
アサカはこんなものなんて言うが、ホットケーキにはホイップクリームやシロップ、フルーツなどが盛り付けてあって、お店に出しても恥ずかしくない。

確かに、いつもアサカの作るおやつにしたら少し質素な気もするが、それでも十分に豪勢なおやつだろう。
レンはホットケーキをクリームと果物と一緒に口に運ぶ。
ホカホカしたケーキとひんやりした少し甘めのクリーム。すっきり甘くみずみずしいフルーツ。どれも相性抜群だ。これはもはや、彼女のセンスだろう。


「うん。美味しいです。アサカは、いいお嫁さんになりますねー」

「ありがとうございま……。へっ?!お、お嫁さっ?!」

お盆を持ったままアワアワとするアサカを見て、レンは首を傾げた。

「僕なにか変なこといいましたー?」

「い、いえ……」

顔を赤らめながらもじもじするアサカを見て、レンは少し目を細める。

アサカは、いつか好きな男ができたらいなくなるのだろうか。レンはただのチームメイトで従う対象だろう。けれど、それが永遠に続くと思うほどレンも甘ったれていないつもりだ。
「アサカ……お嫁にいく時は僕に一言言ってくださいね」

特に深い意味はないつもりだった。けれど、棒立ちになって涙を流すアサカに気づいてレンは驚いた。

「ア、アサカ……?」

目の前で女性に泣かれた経験なんてもちろんない。こういうとき、どうすればいいのだろうか。

「……。申し訳ありません。少し、失礼します」

アサカは引き止める間もなく目を押さえながら部屋を出て行ってしまった。この時ほど、自分が無力だと思った試しはなかった。

アサカは、一人部屋に籠もった。涙をタオルで拭いつつベッドに潜る。「レン様の……バカ」

その言葉だけがレンへの意趣返し。ショックだった。レンは、自分がお嫁に行って側を離れてもいいのだろうか。自分の代わりはいるってことなの?それが悲しい。

アサカは、レンにとって替えのきかない存在になりたいと願っているのに。

時計を少し見ると、そろそろレンが退屈し始めてファイトをする頃合い。いつもは自分が相手をしているけれど……。こんな顔ではとてもじゃないが彼の前に出られない。アサカは枕に顔を押し付けた。


アサカと入れ違いでテツが入ってきた。レンはボソボソと顛末を話す。テツが呆れたようにため息をついた。

「全くお前は……」

「だって、いつまでも一緒なんて有り得ないでしょう?」

櫂の時もそうだ。いつまでも一緒だと思っていても、ほんの小さなことで一緒にいれなくなるのだ。
でもそれを選ぶのはアサカ本人で、レンではない。

「レン、お前はアサカにいなくなってほしいのか?」
「そんなわけないでしょう!?」

反射的に返したレンにテツは笑う。

「なら、それでいいだろう。アサカもお前の側を離れるつもりはないんだ。アサカの意志を尊重出来て、一緒にいられる方法くらいはあるだろう」

レンはしばらく考えて、ハッと思いついた。
「わかりました、テツ!ちょっと行ってきます!」
「やれやれ世話の焼ける……」
テツは苦笑しながらレンを見送った。

「アサカー。開けてくださーい」
「レン様?!」
アサカは飛び起きて、軽く身支度を整えてから、急いで扉を開けた。

「あ、よかった。いないかと思いましたー」
「レン様どうしてここへ?」
「いやですね、アサカに提案があって」
「は、はい」
「僕のお嫁さんになりませんか?」「は、はい……。……?……!? え、レン様?!」
「あ、はいってことはいいんですねーよかったです」
「え、いや、あの、突然どうされたんです?!」
「いやー。きっとアサカが僕のところからいなくなるならお嫁さんになるくらいしかないと思うんですけど、それは僕が嫌なので。でもアサカだってお嫁さんになりたいですよね?だから僕のお嫁さんになればいいと思うんです」

「え、あの。レ、レン様、一応訊きますけど、その条件ならフーファイターの一員なら誰でもいいってことになりますよね?」

すると、レンは頬を膨らませた。
「えー?アサカは僕の他に誰かお婿さん候補いるんですか?なら仕方ないです。その誰かさんとファイトで決着を着けようじゃないですか」

「ち、違います、違いますから!」急いで出て行こうとするレンにアサカは慌てて飛びついた。しがみつかれたレンは、なにがよかったのかニッコリ笑った。しかしどうやら、お嫁さん発言は勘違いでも冗談でもないらしい。

「じゃ、アサカはこれから僕のお嫁さんですねー」
「え、えっと……」
改めて言葉に出されるととても恥ずかしい。もちろん、嬉しいのに。レンは唐突にアサカを抱きしめた。そして、額にキスする。アサカはあまりのことに声が出なかったが、顔だけは真っ赤になった。

「誓いのキスです。……今はここまでだよ」

レンが最後に耳元で囁いた言葉で、アサカの思考は完全に停止した。それが治ったのは、いつまで経っても部屋から出てこないのを心配して様子を見にテツが来たからだった。

end
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