カードファイトヴァンガード 短編
□嵐の前
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フーファイターのビルの最上階で、レンは一人、コーヒーを飲んでいた。世界を騒がせたリンクジョーカーの脅威が去って数日。元の日常が戻ってきていた。
「これも全て、アイチくんのおかげという訳ですね」
その時、ふいにレンの脳裏に声が響いた。それと同時に、サイクオリアの光が瞳に点る。
『レンさん……』
「アイチ君?」
一瞬にして、イメージの中へ降り立つ。しかしそこは、見慣れた惑星クレイの戦場ではなかった。
どこかの宮殿のような大きな建物。たくさんの柱が立ち、閑散としていた。まるで、海に沈んだ太古の神殿のよう。
「ここは、一体……」
『レンさん』
「!……アイチ、君?」
そこに立っていたのは、アイチだった。見慣れない白い制服と黒い外套を身にまとっていて、すぐにはピンとこなかったが。
『レンさん、突然すいません。どうしても、伝えないといけないことがあって』
「伝えたいこと?」
『はい。僕はしばらく、姿を消すことになると思います。だから、探さないで欲しいんです』
「姿を、消す?どういうことですか。説明してください」
『リンクジョーカーを、倒しに行きます。彼らはまだ消え去っていない。完全にそうするまで戦わなければ、いけないんです』
「なら、僕らと一緒に戦えばいい。君がわざわざ一人で姿を消す必要が?」
そう言うと、アイチは悲しそうに唇を噛んだ。
『僕は、タクト君の後継者になる必要があるんだ。そのために、眠りにつかないといけない。そして、目覚めたら、僕は戦う』
自分に言い聞かせるような言葉。
アイチの瞳が、覚悟の強い光を放つ。
『その準備が必要なんです。その間、僕は、記憶と共にみんなの前から消えるでしょう』
「記憶?」
『みんなを、まだ巻き込みたくないんです。だからお願いです。僕がいなくなってもなにもしないで。
……たとえ、僕の記憶を持った人がいたとしても、ごまかしてください』
その可能性がある人物に、アイチは半ば気づいている。
「……わかりました。君がそこまで言うのなら、そうしてあげてもいいですよ」
『ありがとうございます』
「アイチ君」
レンは口調を変えてアイチに呼びかける。そこには、いつものふざけた雰囲気は欠片もない。いつかの、力に溺れていた時を彷彿とさせる迫力を帯びている。
「これだけは、聞かせてください。返答次第では、さっきのはなしは無しです」
『なん、ですか』
アイチの顔に緊張が走る。
「君は、僕達のところへ、帰ってくるつもりがありますか」
アイチが目を瞬いた。そんな質問は、予想外だった。
『もちろんです。そのために、僕は戦いに行くんですから。大切なもののために』
「結構」
即答した彼の答えに嘘はない。
レンは納得した。その気持ちがあるなら、アイチは必ず帰ってくるのだろう。かつて、櫂がリバースした時同様、強い意志でそれを成し遂げるだろう。
そう思うほどには、レンはアイチを信頼していた。