text 戯言

□それはとても懐かしい、
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※曲識半獣化




とある林の中で哀川潤は戦っていた。
ちらりと出てきてはまた隠れ、少し出てきたと思えば後ろから。
ほぼ同じ気配の複数の敵を相手に戦うのは優勢ではなかった。
いや、平たく言ってしまえば劣勢だった。
そして、大きめの体躯を持つ哀川潤にとって、その標的は狙いにくい。
なぜならその相手は。
年端もいかない少女達だったのだから。


事の起こりは数時間前。夜が明けるか明けないかという時間。
赤い最強は確かに自分に向けられたものである殺気を感じ取った。
最近ではすっかり有名になってしまい、彼女に対して殺気を向けるものはほとんどいず、それを最強はつまらないと思っていた。
だから寧ろ彼女は、微笑みながら殺気の感じた方へ走っていったのだ。
けれど。
油断していた。油断してしまっていた。

(参ったな)

わずかに出てきたと思えばすぐに隠れ、また出てきたと思えばその反対側から様々な飛び道具。
それを避ければ次は接近戦。やっと振り払ったと思えば次は。
そんな調子で少しづつ追い詰めてくるのだ。
多すぎればその人数は足手まといにしかならないはずだが、異常なくらい統制のとれた動きだった。
こんなまどろっこしい戦いは彼女の望むものではないのだが、それを敵が許さない。
誰の声もせず、ただ草を踏む音が絶え間なく聞こえすぎて逆に位置を探知できない。
そんな静寂の中で、彼女はミスを起こしてしまった。
普段の彼女なら絶対にしないであろうミスを。

(あー、ちっとばかし、やばい・・・?)

もちろんそんなミスを逃すはずもなく。
一斉に最強の息の根を止めるために飛び掛ってきた少女達。
切り傷ぐらいは仕方がないか、と赤い最強が考えたとき。
それは、聞こえた。



・・・ミャア!



は?
どう考えてもこの場にそぐわないその声。紛れもなくそれは、猫の鳴き声だった。
しかしこんな場所にふつう猫は来ない。
いや、猫だけでなく、どんな獣でさえ人間でさえもこの場所に来るのは抵抗があるはずだ。
だってここはさっきからずっと、裏世界という空間に区切られた、濃厚な殺気の漂う空間だったのだから。
しかし、それは確かにそこに存在していた。
黒い、真っ黒な艶やかな毛を持つ猫。
身体は細身で、あまり運動には適していなさそうだ。
ただ暗闇によく映える金色の目だけが異様なほどにじっとこちらを見ていた。

しかし、不思議な事はそれだけでは収まらなかった。
そう、こんな悠長に説明ができる状態ではなかったはずだ。この状態。
だけど。
どういうわけか止まっていた。少女達の動きが。
そして、少女達の心臓の音が。

(だけど、あたしには作用していない・・・?)

不思議な現象というか、ありえないようなことが有り得てしまう世界を幾度も見てきた哀川潤だ。
しかしこんな状況は見た事がなかった。
そんな、
猫が鳴いただけで特定の人間が死ぬような状態などは。



訝しげに思いながらも、赤い最強は行動を起こした。

「助かったよ。どういう事なのか知らねぇけど、ありがとうな」

別にこんな事が起きてもそこにいた猫を何も怖がりもなく抱いてしまう。
それが哀川潤だ。
自分が次に殺される、とかは考えないらしい。
意外な事に、猫は抵抗など全くしなかった。ただ静かに最強の腕に抱かれているだけだ。

どこか懐かしさを感じる目が哀川潤を捉える。
どこか懐かしさを交えた匂いが鼻をくすぐる。
どこか甘酸っぱい気持ちを思い出させる感覚が彼女を包み込む。

(ほんとうに、あたしは。)

そして赤い女性は。
自分に戦い方を教えてくれた少年の事を思い出して苦笑した。

「あんた、あたしの思い人に少し似てるよ」

このセリフを聞いて、腕に抱いていた猫が僅かに震えたことに彼女は気付かなかった。
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