text 戯言

□新年初御神籤
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寒い。

季節は冬。
冬真っ只中で寒い事この上なく、この時期にどうして寒い寒い外へ、屋外へ、出なきゃいけないのか全く理解が出来ない。
それでも何だか外に出たくなって、「この寒いのに外に行くんですか?勇気ありますね…」と萌太くんやみいこさんに驚かれるほどのこの今年最後の日の晩、僕は外出を決めたのだった。

寒い。

何回目だ、と突っ込まれようと寒いものは寒い。首にマフラーを巻き手袋を装備し、ネックウォーマー(クリスマスプレゼントで崩子ちゃんから貰った)、ダウンジャケットという中々の重装備で有るのに、吹いてくる風は容赦なく顔面にぶち当たる。ちょっとはこっちを気遣って避けて吹いてくれればいいのにとか北風相手にぶつくさ文句を言うわけにも行かず、ただブラブラと行き先も決めずに歩いていた時だった。

「よぉ通りすがりのおにーさん、ちょっと聞きてぇことがあるんだが」
「そうかそれはお困りなんですね。どっか交番が近くにあったはずですから聞いてきたらどうですか」

聞き覚えのあるようでないような、それでいて他人とは思えない声。
まあ思いたくないけど思えてしまう声、が正しいか。
そんな声が背後から響いた。
首筋への冷たい凶器の感覚と共に。

「かはは、俺なんかが行ったらそれと同時に銃刀法違反で捕まっちまうぜ」
「その前に京都連続殺人事件で捕まえられてしまえ」
「こえーこと言うなよ、欠陥製品」
「いきなり人の首筋にナイフを押し付けてくる奴のほうが怖いやつ、と言うと思わないか?」
「違いねぇな」

あっさりと言い合いから身を引いた人間失格は、かはは、といつも通りの乾いたようなそうでないような笑みを浮かべて笑っていた。

「はっぴーにゅーいあー?」
「平仮名英語で言うな、それからまだ大晦日だ」

そう、今日は大晦日。
一年の最後の日で、皆さんが除夜の鐘を聞きながら蕎麦を食べそして紅白をみたりガキ使を見ながらゆっくり過ごす、今日この日。
僕は宛てもなく外に出た上首にナイフを当てられ、しかも人間失格に会うというとても不幸な日を過ごしているわけだ。

「なあ欠陥製品、お前何処行くつもりだったんだ?」
「別に?特に目的地はないけど」
「そーか、んじゃ初詣行こうぜ、初詣!!」
「うーん」

はっきり言おう、結構面倒くさい。

「もしかしたら巫女さんがいるかもしれねぇぜ?」
「残念ながら人間失格、僕は巫女さんにはそこまで心躍らない」
「だがそこまでという事は多少は心躍るんだろ?ちったあ俺に付き合えよ。どっか行く予定あんのかよ」
「…ないけど」

本当にないんだからタチが悪い。
ちょっと嬉しそうに笑った人間失格はそのまま僕の手を引いて歩き出した。
ちょっと待て男二人で仲良く手を繋いで神社へ初詣ってそんな寒い目で見られるようなことをやめろ、とか言いたかったが、言う暇もなくぐいぐいと引っ張ってくるもんだから、僕はダウンやマフラーででも作られる隙間風に身体を縮込ませながら引き摺られていくしかなかったわけである。


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