バクマン(長編U)

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話は数ヶ月前にさかのぼる。

青森の片田舎にある新妻宅での夕食の席で、エイジの父がエイジが漫画ばかり描いていることに珍しく苦言を呈したのが始まりだった。

「エイジ、高校生になっても相変わらず漫画ばかり描いてとるようだが、いつまでそんなことを続けるつもりだ?」

今まであまり何も言わなかった父が突然漫画に文句をつけはじめたことに、エイジも少なからず驚いた。

「そんなことって、お父さん、僕は漫画家になるんだから漫画はずっと描いてますけど…」

「漫画家になるのはいいけどな。漫画家なんてなりたいといったところで、そんな簡単になれるもんじゃないんだろう?」

「…」

エイジは漫画を描くのが好きなだけだ。

毎日、漫画を描ければ幸せなのだから、どれくらいの実力があればプロの漫画家になれるのかとか、どうやって漫画家になろうとか、具体的な計画があるわけでなかった。

「だったら、そろそろ漫画ばかり描くのはやめて、勉強も少しは始めるべきだろう」

「…」

エイジの父も別に意地悪を言っているわけではない。

我が子が少々、いやだいぶ他の世間様の息子に比べて変わっていることも知っている。
小さい頃から絵を描くのが好きで、漫画を描くのが好きで、暇があれば描いてばかりいた。ゲームやらテレビやらにはあまり興味を示さず、画用紙と鉛筆さえあればそれでいいのだ。

少々異常な執着ぶりだったが、何にせよ没頭するものがあるのはよいことだと思っていたし、子どものうちは好きなことをすればよいとも思っていた。

しかし、エイジの漫画熱は中学生になっても冷めることを知らず、いや、ますますひどくなっていった。

どうにか高校には進学したものの、このままではさすがにまずいと思い始めていたのだ。

息子の絵は結構うまいなと思ってはいたものの、とくに漫画に造詣が深いわけではないエイジの父は、息子程度に絵を描ける者など日本全国にはたぶんたくさんいるし、その中で本当に漫画家になれるのは、選ばれたほんの一握りだと考えていたのだ。

まあ、あながちはずれてはいない。

ただ目の前の息子がその選ばれたほんの一握りの才能の持ち主だったという点を除いて。
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