日出処の天子
□上宮王子の妃
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「それで毛人、そなた少しは厩戸王子と私的に話をしているのか。みれば最近、斑鳩へも行っておらんようだが」
むしろの上にどっかと腰をおろし、茶漬けをかきこみながら、馬子は咎めるように息子に問いかけた。
今しがたまで、また王子のことを考えていたところだ。毛人は一瞬どきりとしたが、父の手前、平静を装ってなんとか答えを返した。
「いえ最近は…。王子も大兄になられて、なにかとご政務がお忙しいようですし。それに昨年の大王の詔で、寺院建立などの仏教の件でもお時間を割かなければなりませんし…」
「そんなことはわかっておるわ!」
あれこれ言い訳を並べ始めた息子に、父の罵声が飛ぶ。
「よいか毛人!相手はあの厩戸王子なのだ。先の大王のように不都合になったからポイというわけにはいかんのだぞ。油断をすれば、こちらが食われるかもしれん。とにかく、蘇我が朝廷で重きをなすためには断じてあの王子と縁を切るわけにはいかんのだ」
どうにも頼りなげな総領息子に、馬子は滔々とまくしたてた。
「とにかく明日にでも一度斑鳩に王子をお訪ねしろ。刀自古のところへも見えておらんようだし」
しかし父上…、と抵抗を試みた毛人の発言は、
「わかったな。これは大臣の命令ぞ」
という父の言葉にあっけなく粉砕された。
(私が斑鳩へ…。王子のところへ…)
毛人の脳裏には、花のように微笑んだ王子の姿が浮かんでは消えていた。毛人の中の王子は、笑ってもすぐにその面を堪えきれぬ涙で曇らせ、一人肩をふるわせるのだった。