多重トリップ過去編


□初めはマのつく眞魔国!
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結局言葉が分からない私に状況を説明してくれたのは村田くんだった。何でも、私は遥か昔に眞王の側近込み護衛込み軍師込みの多彩な役回りを演じていたらしく、何故か懐かしがった眞王が呼び寄せた、とかなんとか。懐かしがっただけで眞魔国に喚んだりしていいのか、という根本的な疑問もあったけど、とりあえず眞王にお目通りして彼の気の済むまでお話しなければ帰れないらしいので、目下私の予定は眞魔国語の習得である。私は白装束に身を包む禊の最中でこの国に渡ったのもあり、巫女扱いとして眞王廟に滞在させて貰っている。基本的に女性と村田くんくらいしかいないので、普段は便利なものである。当初は図書館も眞王廟のを利用していたが、ある程度眞魔国語も掴めるようになってからは勉強会を含めて渋谷くんの居る血盟城に通うようにしている。今日も勉強会の前に本を読みに来たのだけれど、今まで会ったことのない長兄に出会ってしまったというのは神様ならぬ眞王さまの思し召しなのかしら、なんて、現実逃避のようにゆるく思った。

「……異界の方が供もつけずに何をしている」

凄んでいるように見える眉間の皺は心配してくれるせいだと取りたい。(眞王の客人扱いだからなのか方、って言ってくれたし)威圧感はあっても、グウェンの中身は只の可愛いもの好きだと分かっているので、場をわきまえることはしても必要以上に怖がることはないわけで。ゆっくり喋ってくれているのも彼の優しさを表しているので、私も笑顔で口を開いた。

「ご心配ありがとうございます、ええと、でも多分村田くんがヨザックをつけていてくれてるので、大丈夫だと思います」

ちらりと、後ろに居るんだか上に居るんだか分からないオレンジ色の髪の彼を思い出す。私の性格を村田くんは良く把握しているので、気付かれないように護衛してくれている。言われたことはないけど、ふと気を感じることがあるので外出中はいつもついてきてくれているのだろう。

「! 大分、喋れるようになったのだな」
「あ、そちらの心配も、ありがとうございます。ご挨拶が遅れて失礼しました、日比野蛍と申します」
「……グウェンダルだ。主に国政を担当している」

割とたどたどしいと思うのだが、グウェンダルが誉めてくれたのもあって嬉しくなる。(多分彼が姓を言わなかったのも気遣いからで、本当に優しいなあ、と思う)
笑顔のまま握手して別れたので、その後グウェンダルとヨザックがこんな会話を繰り広げてたとか、知らない。

「ヨザック、お前の護衛バレているぞ」
「可笑しいですねー場所は特定されてないみたいですが、やっぱ猊下が言ってた通りの頭の良い人物のようです(というか、一回しか会ったことのないのに名指しで当てるとか!)」
「ああ……」
「ずっと図書館籠もってるんですよね。歴史から始まり、猊下にも質問してるし……文字の方が先に読めるようになったら読書量が半端ないですよ」
「その勤勉さを、誰かにも見習って欲しいものではあるが」
「が?」
「……たまには息抜きも必要だろう。今度、編みぐるみ製作にでも誘おう」
「閣下、可愛いもの好きですもんね。彼女も初対面とは思えないくらい閣下のこと怖がってませんでしたしね」
「む、」

*グウェンダルは可愛い、という話。



図書館で何冊か本を読んだ後、区切りよく勉強会の時間になったので、渋谷くんの執務室まで足を運ぶ。途中、すっかり見慣れた金髪が目に入ったので後ろから声をかけた。

「ヴォルフラム! こんな所でどうしたの?」

中途半端なところで待っていたように見えたので聞いたのだが、振り向いた彼は凄く嬉しそうな笑顔を見せた。

「蛍! お前を待っていたのだ!」
「私を?」
「ああ、これを見せたくてな!」

そう言ってヴォルフラムが取り出したのは、ひらひらとした可愛らしいネグリジェだった。勿論女物ではあるのだが、持っているのはヴォルフラムなので違和感はない。

「わあ、新作!?」
「ああ、可愛いだろう?」
「うん! これで渋谷くんもイチコロだね!」
「! やはりそう思うか!」

キラキラ顔を輝かせるヴォルフラムは、最初こそ女である私に睨みを聞かせてきたが、元々渋谷くんとの関係性は無いに等しい私なので全面的にヴォルフラムの応援側に回ったら、滅茶苦茶仲良くなってくれた。眞王廟に滞在させてもらっているのもあって、殿方には興味ありませんわ!を装いながら彼のために渋谷くんをオトすためのアドバイスとかするのは結構楽しい。

「……何やってるんですか?」

そんな傍から見たら可笑しい場面に遭遇したのはもう一人の兄であるコンラートで、尋ねた割には状況をちゃんと理解しているようだった。

「ヴォルフラム、グウェンダルが呼んでいたようだが」
「兄上が?! すまん、蛍、また後でな!」
「うん」

手を振り彼を送ってから、コンラートと自然に並び廊下を歩く。多分コンラートも渋谷くんに用があるから此処に居るんだろうし。

「随分懐かれましたね」
「え? ああ、ヴォルフラム?」
「ええ、グウェンダルも蛍さんのことは気に入ったようですし」

コンラートの言葉に、グウェンダルとはさっき会ったばかりなのにと不思議に思ったが、弟から見た視点だし何か感ずるところがあったのかもしれない、と考えておく。普通人間嫌われたくはないものだし、コンラートの表情も柔らかいものだったから。

「だったらいいんだけど」

苦笑しながら、一番はかりかねているコンラートを見上げる。真髄が見えない人間な分、長男や三男よりも実は付き合いにくかったりするのだが、人当たりが良い分多分三人の中じゃ一番喋っている。(初対面の後も英語でコミュミケーションを図ろうとしてくれたし)

「…………落ち着いてますよね」
「?」
「ここへ来てから、取り乱すことなく学ばれて……あまり溜め込まず、必要があればいつでも頼って下さいね」

サラリと撫でられた頭に、考えを改める。私は一応渋谷くんの友人だし、それで表面上は仲良くして貰っているのかな、と失礼なことも思っていたのだが。

「ふふ、ありがとう」

彼は、普通に凄く良い人だった。
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