多重トリップ過去編


□≪凶獣(チーター)≫の弟子
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「ちぃくん、ご飯買ってきたよー今から作るね」
「うん、おかえり」

ちぃくんは獰猛な第一印象とは違って、意外に人の話を聞く子だった。基本的にネット中は動かないし、家から出ないので、身の回りの世話は多分弟子の役目なのだろうけど。無理難題をふっかけられるわけでもなく、お手伝いさん兼弟子のような訳分からないことをやっている。……まあ、私が来る前ちぃくんがどうしていたのかは、謎なんだが。

「そう言えば、式岸さんが来るって聞いたけど」
「……何から?」
「えっ…………風の噂で」

食卓につき、ご飯を食べる。野菜に渋い顔をしていた時もあったが、野菜嫌いな弟を克服させた経験を持つ私なので、今ではちぃくんが彩り豊かなおかずに文句を言うことはない。私から何も聞くことなく、オンラインでの技術を弟子に授けてくれる彼は、結構良い人なのかもしれない。

「それいつも言うけど。いつか暴いてやる」
「はは……」

ちぃくんが何も聞かないのは、探索専門家として自分で情報を手に入れたいからなんだと思う。因みに私がポケモンと話せたあの能力は、この世界でも引き継がれたのか動物と話せるようになった。滅茶苦茶メルヘンなこれを話すわけにはいかないので風の噂としか言いようがないのだが、人には知られずに結構有益な情報を貰えるので重宝している。

「そうだね、来るよ。てか、蛍と戦ってもらう」
「へー……って、えええっ!?」

いつものように流し聞きしようと思って、見事に狙いを外される。何それ、聞いてない。てか無茶ぶりもいいとこだ。

「蛍、剣道二段と合気道二段持ってるでしょ」
「えっ……それ、オンラインから情報として出て来たの?」
「勿論。でも普通の高校生にしては、ちょっと鍛え方違うよね。折角だからさ、弟子として僕の護衛もしてもらえるようになったらいいかなあと思って」

この世界にも私の情報があることに驚いたが、それどころじゃない。先程無理難題をふっかけられるわけでもないと思ったばかりだったのに、いきなりの無理難題である。

「おい豹、俺を呼び出すとは良い度胸だな」
「無理だよ! だって式岸さんって零崎一賊でしょ!? 適うわけな…い」

……とりあえず言おう。式岸軋騎、お前来るタイミング最悪だからな!…………心の中で、だけど。

「…………」
「…………」

固まった私と式岸さんをよそに、ちぃくんはもぐもぐと美味しそうに食事を続けている。地獄の底から出しているのかと言わんばかりの恐ろしい声を出したのは、勿論闖入者の式岸さんである。

「おいこら、テメェ、豹。喋ったのか」

式岸さんは私がちぃくんの弟子になってから知り合った苦労人だが、案外私が来る前の世話役はこの人がやっていたのではないかな、と思っている。今考えるべき話題ではないけれど。

「喋ってないよ。彼女、初対面で僕のこと知ってたみたいだし、案外君のことも知ってる人多いのかもね」

いや、私は原作読んでるから知ってるだけなんだけど、……そう言えば式岸さんのこと、双識さんとか曲識さんとかも知ってたよな、なんてことはいらん情報な訳で。

「まあどうでもいいよ、そんなことは。蛍、そうはいっても式岸軋騎であるうちはそれなりに抑えられてるから、大丈夫だよ。存分に鍛えて貰って」
「…………話が見えねえ」

脱力している式岸さんには申し訳ないが、フリーダムな笑顔で人に物事を強いるちぃくんに逆らうことは土台無理な話なのである。普通拒めない。私、曲がりなりにもちぃくんの弟子なんだし。

「ええと……、その、式岸さんに鍛えていただきたいんです」

おずおずと歩を進める私に、式岸さんは困惑の瞳を向けた。それは状況整理が出来ていない混乱者の目ではなくて、彼が何を考えているのか分からない私は首を傾げるくらいしかできないのだが。

「……つか、お前はいいのか?抑えてるとはいえ、零崎っちゃよ?」

つい出てしまったのだろう口癖に、ちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。此処はシリアスな場面なのだ、緩く微笑むくらいですませなくてはならない。

「はい。お願いします、式岸さん」
「……ん、分かった。蛍」

とか、しんみり優しかったのは最初だけだ。

「こら蛍! そんな避け方したら余裕で追撃食らうぞ!」
「式岸さん、私一応一般人なんです! もっと加減してください!」
「一般人は俺の攻撃よけらんねえよ! そして一般人はそんな訳分からん水の龍は出さない!」
「知りませんよーッ!(私魔術は習ってない筈なのに何で出たし! 水の龍とか渋谷くんの専売特許でしょ!?)」

……私が実はヴォルフラムや渋谷くんのように魔術を使えるというよく分からない収穫もあったのだが、ヨザックやサワムラーとは比べものにならないくらい、裏世界の戦闘は厳しかった。(当たり前である)
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