多重トリップ過去編


□魔法の杖は叡智の象徴
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「わー、来たときも思ったけど、やっぱり凄い人だなあ」

ところ変わってダイアゴン横丁である。魔法を学べると分かれば入学前に独学で色々学びたいと、かなりマクゴナガル先生に無理を言った気がする。結局先生はお仕事が忙しいので、一人で行けると主張してポートキーだけ置いてってもらうことに成功した。時間さえ間違わなければ、これでいつでもダイアゴン横丁に行けるとか素晴らしすぎる。とりあえず必須品を先に買ってしまって、一番寄りたくて一番買うであろう本屋は後回し。学用品を買うためのお金は貰っているが、絶対足りない自信があるので暇なときに稼いでいた株の個人口座から大量に引き出して来た。グリンゴッツでちゃんと日本円から魔法使いのお金に換金して貰えると聞いたので、真っ先にやってきたのだ。ハリーが重そうにしていたのを覚えているのもあって、まずは無限に物が入って重さを感じないという便利なポシェットとトランクを買った。ポシェットを財布代わりにして、買った物は纏めてトランクに入れてしまおうと思う。何故こんな便利なものを皆知らないかというと、生産数が限られているので店に入るのにも合い言葉が要ったのだ。まあ私の場合、動物達が教えてくれたからなんとかなったのだが。

「さて、どこから行こうかな」

魔法使いとしてはまず杖を買いに行きたいところだが、色んなお店があって目移りしてしまう。プロのプレイヤーに教えを請うた身として、人にぶつかったりは勿論しないけど、キョロキョロしてしまうのは許して欲しい。そうでなくても殆ど外から遮断されていたから、人が沢山いるのも珍しい光景なのだ。

「君、大丈夫?」
「え?」

そんな折り、小走りに駆け寄ってきたお兄さんに声をかけられる。首を傾げて振り向いた先の彼は、さすがアジア系とは違い、背も高く格好良かった。

「ダイアゴン横丁、初めて?」
「ええと、はい」
「やっぱり。キョロキョロしてたから、気になって。初めてなのに、一人なの?」

人通りの少ない脇道に移動させてくれながら、お兄さんは顔を覗き込んで来る。どうやら初めにかけてもらった言葉通り、心配してくれているらしい。

「あの、付き添ってくれる筈だった方がお仕事で忙しくて、一人で来たんです。慣れない身なれど、私も方向音痴ではありませんし」

色々面白いお店が多い結果、目移りはしてしまったのですが、と続けて苦笑する私に、お兄さんも緩く笑ってくれた。

「新入生だろうに、しっかりしてるんだね。良かったら、案内役をさせてもらえないかな?」
「え、でも、いいんですか?」
「僕は三年目だし、用事は殆ど済ませたんだ。セドリック・ディゴリー、宜しくね」
「蛍・日比野と申します。ありがとうございます、ディゴリー先輩」
「セドリックでいいよ」

素敵な笑顔で告げる彼は、相手に気負わせずに手伝わせてくれるプロだと思う。なんというか、上手いなあと思いつつ、ちょっぴり助かったのは事実なので嬉しそうに頷いておいた

「どこから行きたい?」
「まずは杖を買おうかな、と思っていました」
「じゃあオリバンダーの店だね。こっちだよ」

自然にエスコート体勢に入るセドリックに、影で笑ってしまった。眞魔国に居たときも、ヴォルフラムでさえ自然にやってたから身に染み着いているんだなあ、と感心したのを覚えている。懐かしいと思ってしまう、ちょっと寂しい記憶だ。

「蛍?」
「え、ああ、ごめんなさい」

回想をしていたら、いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。慌ててセドリックの隣に並ぶ私に、思案していた表情のセドリックはどんな結論に至ったのか、その手を私に差し出してきた。

「?」
「宜しければお手をどうぞ、お嬢さま」
「……ふふ、ありがとう、セドリック」

優しい手の温もりに、安心する。そう、異世界を渡ることは、別れも沢山あるけれど、出逢いも沢山あるのだ。

「此処がオリバンダーの店だね」
「随分と物が沢山あるのね」

店内の描写も小説にあったような気がするが、そんな細部まで思い出そうとはしなかった。目の前にあるものがすべてだと思うので、興味深く色んなものを見ていたら、店の奥からオリバンダーさんが出て来る。

「おや、またこれは……好奇心旺盛なお嬢さんですな」
「あ、すみません。珍しいものが沢山あったのでつい」
「ふむ、知識欲に優れているものの目じゃな。そういった方に最初に試してもらうのは、この杖だと決まっている」

オリバンダーさんはキラキラした目で私を見ると、店の棚から古そうな箱を取り出した。

「とは言っても、この杖に合った方は見たことありませんが」
「そうなんですか?」
「この杖は、私の曾祖父の頃倉庫から見つかった杖なのです。さて、杖腕はどちらかな?」
「えーと、多分右です」

きっと利き腕と変わらないよな、と思って右腕を差し出す。オリバンダーさんが長年持ち主を選ばなかったというその杖を持つと、なんだか体が軽くなった気がした。

「とりあえず振ってごらんなさい」

柔らかくいうオリバンダーさんに合わせて杖を振ると、どこからかあたり一面に青い花が降って来た。セドリックもオリバンダーさんも、目をまん丸にする。

「スターチスに春竜胆、アガパンサス、デルフィニウム、ベロニカ……」
「凄い…! まさか私が生きているうちに、この杖の持ち主が現れるとは!」
「え、私でいいんですか?」

興奮した様子のオリバンダーさんに問うと、彼は何度も首を縦に振った。

「出て来た花がその証じゃろうて。材料は桜の木、エンレイソウの茎、九尾の髭。27センチで特性は学ぶ意欲に反応することじゃ、弱点もないから持ち主によっては死角無しになるだろう」
「……」

確かに知識欲に関しては誰にも負けるつもりがないけれど、そんなある意味最強の杖を私なんかが貰っていいのだろうか?

「蛍、杖が主を選ぶんだ。君は杖に選ばれたんだよ」

私の不安を読み取ったように、セドリックが肩に手を置いて言ってくれる。オリバンダーさんもしきりに頷いて、私は漸く決心出来た。

「お代は9ガリオンだよ」
「ありがとう、オリバンダーさん」
「此方こそ、最高の魔法を見せていただきました」

にこにこするオリバンダーさんと別れて、店を出る。続いて様々な学用品を買いに行くため歩き始めた先で、セドリックが口を開く。

「それにしても、“出て来た花がその証”って、どういう意味だろう?」
「ああ、花言葉のことよ。スターチスは知識、変わらぬ心。春竜胆が高貴、清潔な人で、アガパンサスは知的な装い。デルフィニウムがあなたは幸福をふりまく、で、ベロニカが確か……常に微笑みを持って」

ベロニカの花言葉を口に出した途端、また村田くんの声が蘇る。もしかして彼は、私が異世界トリップを繰り返すことを知っていたのだろうか。その上で、知識や武術を教える機会をくれたのだろうか。

「蛍?」

またしても杖を凝視して考えに耽ってしまったので、セドリックに心配そうな顔をさせてしまった。私は誤魔化すためにも口を開く。

「杖の材料のエンレイソウにはね、叡智とか奥ゆかしい美しさって花言葉があるわ」
「そういえばもうひとつの材料も花じゃなかったかい?」
「桜の花言葉は──優れた美人、とか、純潔とか精神美とか、かしら。私には過ぎたる杖だとも思うけどね」

実は桜は種類によっても花言葉が違うから、この杖がどの桜の樹を使ったかによって変わってしまう部分もあるのだが。杖を持ってからずっと身軽なこともあり、感謝を込めてそっと杖を撫でてみる。心が暖かくなったのも、この杖のお陰だろうか。

「僕は、そうは思わないけど」
「え?」
「確かに蛍は美人というよりまだまだ可愛い、って感じではあるけど」
「……セドリック?」

セドリックは口元に当てていた手を外し、私の髪をさらりとよけながら頬に添えてくる。大きな手が、年の差を思わせるようでドキリとした。

「精神美、か。良い言葉だね。蛍にぴったりだ」

笑う彼の頬も微かに朱くなっていて、私は凄く久しぶりに照れたと思う。

「(コ、コンラートとかもストレートに口説き文句みたいなの吐いてたけど、冗談として流せたのに!)」

やっぱ年齢が下がったからそういった余裕がなくなってるのかもな、とか適当な理由をつけつつ、私達は繋いだ手を離さないまま買い物を続けたのだった。



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