多重トリップ過去編


□温もりと夢の布石
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今年に関してはギルデロイ・ロックハートの授業が避けられないので迷惑を被るかと思っていたのだが、驚く程キリクの根回しがよく、目立たない席にティナと一緒に座れるので未だ認識と被害を免れていた。多分クィディッチの選抜試験で合格したのもあり、キリクの機嫌は最高に良いのだろう。少しちぃくんに似ているなと思ったのが申し訳ない程、彼は12歳らしかった。レイブンクロー生も首席の私に一目置いてくれているし、ロックハートには皆思うことがあるのか何も言わないでくれる。むしろ、闇の魔術に対する防衛術について良い本はないかと聞かれる日々である。惜しげもなく私はレイブンクロー生に知識と本を提供するので、他寮の子たちに申し訳ない気にもさせられるのだが、他寮の女友達筆頭のハーマイオニーがロックハートにメロメロなので何も言えない。よってまっこと、主人公組と関わらなければ平和に過ごせるホグワーツである。いや、彼らに責任がないのは分かってはいるけれど、物語の主人公というのも大変なんだなあと実感した。渋谷くんの周りも騒がしかったけど、世界観の違いか私がいた時期の問題かそんなに大変でもなかったし、その後の世界に至っては主人公になんて掠りもしなかったので、ハリーの周りで起こることに同情を禁じ得ない。今年のハリーは本当に災難だと思う。そう、他人事のように構えていた心が、一気に凍った。

「蛍、大丈夫…?」

人だかりの向こうで見えたミセス・ノリスに、震える体が止まらなかった。彼女はちょっとツンとしたところもあったけれど、凄く可愛い話し相手でもあったのに。何より、私の腕の中にいるアスがああなってしまったらと思うと、石化は治るのだと思っても怖かった。

『蛍、ミセス・ノリスは死んでない。石になってるだけだ。オレも蛍の側から離れないから、安心しろ』

戸惑いながらも力強く言ってくれるアスを、苦しくないように気をつけながらギュッと抱き締める。隣でティナはずっと私の背中をさすってくれていた。

「ティナ、蛍は」
「ディゴリー先輩」

人垣から抜け出てきたセドリックが、状況を一瞬で理解したように頷くと、私の肩に手を掛けてティナから役回りを交代していた。促されるように歩き出した私は無言だったけど、セドリックは安心したように微笑んだ。

「ちゃんと寮まで送り届けるから、安心して」

優しく言うセドリックに、後ろでティナが頷く気配が分かった。

「さて蛍、そろそろ顔を見せてあげないと、アスが心配しているよ」

人のいないベンチに座らせられて、セドリックは子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。だけどどうしても顔をあげられなくて固く首を振ると、アスが小さくニャアと鳴いた。言葉になってないそれが心配だということを、きちんと分かってはいるけれど、世界を渡るという行為を繰り返していく中で出来る大切な人やアスを、理不尽な暴力でなくしたりしたくなくて、どうしても腕を解くことが出来なかった。

「──蛍」

小さく息を吐くような音が聞こえて、体がビクッと震えた。異端な私は、弾かれることが一番の恐怖らしい。今までの世界で、みんなが私の不自然に気付いていながら黙っててくれた優しさに甘えていた分、ずっと。けれど危惧していた恐いものは何もなくて、次の瞬間には私の体は凄く暖かいものに包まれていた。

「セ、ドリック?」

恐る恐る腕を解くと、アスがスルリと体を抜いて私の隣に身を寄せる。セドリックはそれを確認してから、ちょっと力を強めて私を抱き締め直した。

「蛍が、アスを心配したようにね、僕も、蛍を離したくないくらい、心配なんだよ」
「ど、して…?」

小さく伸ばした手は、セドリックの服を掴んでいた。号泣した私にマサキさんがしてくれた、あったかい包容。けれどセドリックのそれは、マサキさんのものよりも力強くて、何故か涙が出そうになる。

「君が、大切で──とても、大事だからだよ」

優しく、けれど芯を持った彼の言葉に泣きたくなる自分に戸惑いながら、私はセドリックの温度を感じて目を閉じていた。



***



「………………それだけ?」
「え、それだけ、って?」

落ち着いてからセドリックに送って貰いつつ寮に戻ると、満面の笑顔でティナが迎えてくれた。どうなったのかと急かすように聞くので別れてからのことを話したのだが、返ってきた反応はあまり良いとはいえないものだった。

「大切で、大事だって言われて、何とも思わなかったの?」
「え? ……嬉しかったけど」
「だったら!」
「私、アスのことすっごく大事だし……セドリックにそういう風に抱き締めて貰ってたら、落ち着いたし」
「…………そう」

ティナが疲れたように手を振った。こういう仕草はよくハーマイオニーもやるので、いつも不思議でならないのだけど、その理由が分かった試しはない。視線を向けた先のアスも、呆れたような目を向けてくるだけだ。

「まあいいわ、蛍が元気になったなら、なんでも」
「あ、うん、ごめんね心配かけて。ありがとう、ティナ」
「ふふ、うん」

柔く微笑んだ彼女は、そのままぎゅうと抱き付いてくる。嬉しくなって抱き返したけど、そう言えばセドリックには最後まで腕を回せなかったな、と不意に思い出していたから、ティナがポツリと零した言葉は聞き取れなかった。

「まあ、いっか。もうしばらくは、私たちの蛍でいてくれるってことだもんね」
「?、何か言った? ティナ」
「ううん、何も! それより疲れたでしょう? 今日は色々あったし、こんな日は早く寝るに限るわ」
「……うん」

戸惑いつつも寝支度を整え、ベッドに入る。アスはいつの間にかベッドの上にあがって待ってくれて居たようだった。

「アス」
『蛍』

緩く頭を撫でると、アスが目を閉じる。綺麗なオッドアイは開いている時も美しいけれど、閉じている時も愛らしい。

「ね、アス……私、今まで流されて生きてきたけど……此処にいたいな」

アスは静かに私の話を聞いてくれているから、私も静かに言葉を紡いでく。胸でくすぶるものはきちんと形にはなっていないけど、今まで渡ってきた世界にはない、執着のようなものを感じる。

「私、言えないことも多いけど……此処にいて、いいかなあ…?」

小さく問いかけた言葉に、アスは口を開くのではなく優しく頬を舐めてくれた。言葉にしないそれが何よりも嬉しくて、私はさっきと同じようにアスを抱き締めた。

「ふふ……側にいてね、アス」
『ああ、蛍が望む限り、ずっと側にいるよ』

力強いアスの台詞に、格好良いなあ、と緩く呟いて。アスの温もりに凄い安心感を貰って、私は笑顔で眠りにつけた。夢の中で、今まで会ってきた人達が嬉しそうに笑う気がして、これが私の見せる妄想じゃなければいいのにな、と思っていた。夢の終わりはセドリックで、扉の前で私を待ってくれていたらしい。今までの大切な人達や優しい子たちが手を振ってくれるのに振り返しながら、セドリックと手を繋いで扉を抜けた。なんだか、ずっと繋いでいたくなるような温かい手だった───…



「…………恥ずかしい夢見た」

夢から抜け出て目を開いた後も、何だかセドリックに抱き締められていた感触とか手を繋いでた感触とかが残っている気がして体がムズムズした。隣ではアスが静かに寝息をたてているので、アスは呑気だなあ、なんて思ったのだが、そんな彼の可愛い寝顔を見ていたら何となく落ち着いたので、再び目を閉じる。今度は、夢は見なかった。
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