多重トリップ過去編


□異端を包み込む優しさで
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そんなこんなで待ちに待った決闘クラブである。キリクやアルくんと入ってきた私にスネイプ教授は最初眉間に皺を寄せていたけれど、私が「教授の雄姿を見に来たんです!」と声高らかに言ったら満更でもないような顔をしてくれた。本当にスネイプ教授は可愛いひとだと思う。

「あのままスネイプ教授がロックハートを消してくれればいいのにな」

普段冷静なアルくんが憎々しげに毒を吐くくらいには、ロックハートは嫌われているらしい。彼が飛ばされた時はざまあみろ、と小さく呟いたのが聞こえた。キリクも笑顔で見ているあたり、スカッとしているのだろうし、私もあの授業にはうんざりさせられているので人のことは言えないくらい爽快気分を味わっていたが。

「……まあ普通に考えて、生徒がいきなり決闘なんて出来る筈もないよな」

実践の時間になり、私はスネイプ教授にアルくんと組むようにと言われた。ハリー達と比べると破格の待遇である。因みにキリクは指示される前に、さも指示を受けましたという表情でいつ来たか分からないロランと組んでいた。アルくんとは対面の上一応お辞儀をしたが、その後は周りからの呪文の余波が飛んでこないように仲良く私の盾の呪文の中である。

「このまま何事もなく終わればいいが」
「うーん、多分それは無理だね。てか、更にハリーに辛い状況になるかな」
「何?」

そうこうしている間に、仕切り直しと称してハリーとマルフォイが壇上にあがる。成る程こういうことかと納得しかけたアルくんにも首を振り、私は溜め息を吐く。

「──ま、人間は異端を排除したがるよね、ってことだ」
「……蛍?」

疑問を抱くアルくんの目に、マルフォイの出した蛇が映る。その蛇はロックハートの余計な行為のせいで更に怒り、今にも生徒を襲いそうである。その筆頭であるジャスティンを庇うように私が歩みを進めると、ハリーが原作の通り蛇語を話し出した。

『手を出すな。去れ!』

きちんとハリーの言葉を理解している耳に感謝しながら、歩みを蛇の方に進める。大人しく蜷局を巻きハリーの方に首を持ち上げる蛇と、ハリーを見る周りの目にハリーが気付かないうちにと、蛍は蛇を抱き上げた。

「ハリー、止めてくれてありがとう。ごめんね、怒らせちゃって」

後半は蛇に向かって、頭を撫でながら告げる。良かった、この子は蛇語じゃなくてもそれなりに理解してくれている。

「スネイプ教授、森に離してくるので預かっていいですか?」
「…………いいだろう、許可する」
「ハリーも一緒に行こう」

そのままハリーの腕を取って、大広間を出る。見なければいいと思ったが、広間を出る前にやはり自分を見る他人の目を見てしまったのか、ハリーは不思議そうな顔をしながらついてきていた。

「ハリー、……えーとね、多分詳しいことはこの後、ロンとかハーマイオニーからも話して貰えると思うんだけど」
「うん」
「さっき、ハリーがこの子に喋った言葉は、蛇語なの」

ホグワーツは広いので、禁じられた森の前まで行くのにも大分距離がある。話をするにはいい時間だった。ハリーは私の言葉にキョトンとしてから、私の手の中の蛇を見る。こくりと頷いたように見える蛇に目を見開いてから、彼は視線を再び私に戻した。

「僕、全く意識してなかったよ」
「うん、そうよね。ハリーは自分がパーセルマウスだってことも知らなかったんでしょう?」
「パーセルマウス?」
「蛇語を話せる人のこと」

一つ一つ疑問を解いていく私に、ハリーは俄然不思議そうな顔をする。

「でも、何でみんなあんな目をしていたの? 蛇と話せる人なんて、ザラにいるだろうに」
「うーんとね、それが、居ないのよ。パーセルマウスって、凄く珍しいから。みんなには、ハリーがこの子に向かって言った言葉は分からなかったと思うわ。だって、蛇語なんだもの」

ハリーはちょっと愕然とした後で立ち止まってから、それでも気を取り直すように口を開いた。

「──だけど君、蛍は僕の言ったこと、分かったんだよね?」
「あはは、ハリーはやっぱり凄いね。うん、私は動物全般の言っていることが分かるよ。喋れは、しないんだけど」

初めて人にこのことを話したなあ、と思いながら告げると、ポケットに入れておいたアスが肩までよじ登ってきた。蛇と猫って大丈夫なんだっけ、とも思ったけど、二匹ともに別段変化はなかったので気にしないことにした。

「……じゃあ君のソレも、珍しいってことだよね? でも珍しいってだけで、あんなに怯えたような目、されるかな?」

禁じられた森の前まで着いて、ハリーの疑問は一番の確信に届いてしまった。私は小さく息を吐いて蛇を下ろすと、ハリーに向かって口を開く。

「みんながそんな目をあなたに向けたのはね、サラザール・スリザリンがパーセルマウスだったからなの」
「え?」
「今、秘密の部屋騒動でみんな怯えているでしょう? だから、多分ハリーがスリザリンの継承者なんじゃないかって思っちゃったんだと思う」
「そんな! 僕は違う!」

恐怖に駆られるように叫んだハリーの手を、安心させるように柔く握る。

「大丈夫、分かってるわ」
「……蛍」
「みんな、不安なのよ。だから、心無いことをしてしまうし、恐怖から遠ざかろうとハリーを傷付けてしまうかもしれない」

ゆっくり言葉を紡ぐ私に、ハリーの手が不安に力を込めるのが分かった。だけどそれを咎めることはしないで、ゆるく微笑む。

「だけどね、ハリー。あなたを信じているひとを忘れないで。あなたの友人や、あなたを分かってくれるひとはきちんといるし、あなた自身も、自分を信じてあげて」
「……自分を?」
「今は分からなくてもいいの。だけど、あなたは本当に勇敢で素敵なグリフィンドール生よ。辛いことが全部過ぎたら、きっとまた良いことは沢山あるから」

慰めにはならないかもしれないけど、誰よりも辛い思いをしているハリーに、少しでも嫌な思いをさせたくなくて。

「ありがとう、寮まで送ってくれて。……普通、逆だよね」
「ふふ、いいのよ。談話室には多分ハーマイオニーもロンもいるから、二人といるのが一番いいと思うわ」

ハリーをグリフィンドールの寮の前まで見送り、踵を返す。ひそひそと周りを囲む声に、ホグワーツの噂ってどうしてこんなに広まるのが速いのかなあ、なんてくだらないことを考えつつ、レイブンクローまでの道のりを歩いていると、後ろから居心地の悪い内緒話ではなく切羽詰まったような声がした。

「?」

不思議に思って振り返ると、沢山汗をかいたセドリックが私の名前を呼びながら走ってくる所だった。あまりに必死そうだったので凄い驚いて、つい固まってしまった。足を止めた私の前で、セドリックは呼吸を整えているけれど、そんな走るくらいの用事が私にあったのだろうか。

「だ、大丈夫? セドリック、何か急ぎの用でもあるの?」

彼の額の汗をハンカチで拭いながら問うた私に、セドリックは眉尻を思いっきり下げた。

「急ぎの用って! ……はあ、全く」

滅茶苦茶疲れた様子のセドリックは、肉体的のみならず精神的にも疲れたと言わんばかりの溜め息をついた。そしてそのまま、私を抱き締めてくる。

「セドリック?」
「…………心配した」
「え?」
「噂、聞いて……ハリーと一緒に行ったって、聞いて」
「えーと、ハリーは別にスリザリンの継承者とかじゃないと思うから、平気だけど」
「……そうじゃなくて」

分からないなりに絞り出した答えに、セドリックは易くNOと返した。

「心無いやつらが、ハリーと一緒にいるってだけで蛍を傷付けたりしないか、心配だったんだ」
「え? ……それだけで、こんなになるまで探してくれてたの?」
「蛍……」

さっきから私の返事一つ一つにセドリックが吐く溜め息が深すぎるんだけど。案の定セドリックは呆れた顔をして、私の背中に回していた腕を肩に載せて言い聞かせるように口を開いた。

「……蛍が強いのはもう分かったし、鈍いのも分かったからもう直球で言うけど」
「、うん?」
「僕は、蛍が好きだから、心配だし、他の奴に少しでも傷つけられたくないんだ」
「………………え?」

聞き返した言葉に、またしても溜め息をつかれるかと思ったのに、返ってきたのは予想だにしないストレートな告白だった。

「男として────君を愛してるよ、蛍」

…………叫ばなかった自分を誉めてやりたいと思いました。しかし代わりに目を見開いた状態で固まった私に、セドリックは苦笑して私の髪に指を通し始める。

「まさか本当に、これっぽっちも気付かれてないとはね」
「え、あの、その……ごめんなさい」

実年齢ならまだしらず、よもや12歳で色恋沙汰に関わるとは思っていなかった、というのは言い訳だろうか?基本的に勉学と自分の興味に忠実な私はそういったものに疎いし、初心者もいいとこなのである。

「……そのごめんなさいは、返事?」
「えっ!? あ、違うの! 気が付かなくって、ごめんなさい」

慌てて言った言葉に、セドリックはくすりと笑う。こういった所が余裕を伺わせて、年上なんだなあって思うんだけど。

「冗談だよ。返事は急がないから、考えておいて」
「セドリック……」
「さ、寮まで送るよ」

気さくに言ってのける彼は、やっぱり初対面の時と同様に、人に気負わせない天才だと思った。


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