多重トリップ過去編


□日本式バレンタイン
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休暇があけて暫く経ち、特に事件の起こらない日々が続いたのでホグワーツにも明るさが戻ってきた。ハーマイオニーは確かポリジュース薬で大変なことになってしまった為に入院している筈なので、お見舞いには行かずにマダム・ポンフリーにカードを渡してもらうことに留めた。ハリー経由で返ってきた手紙にはもうそろそろ良くなりそうだと書いてあったので、退院も近いのだろう。相変わらず図書館に足を運んだ先で、セドリックを見かけた。

「セドリック?」
「やあ蛍、此処にいれば会えると思ってね」

それだけじゃないだろうに、笑顔でそう告げる彼に少し笑って、クリスマス休暇中に疑問に思ったことを聞いてみることにした。

「ね、セドリック……その、いつから私のことを、想ってくれていたの?」
「え? そうだなあ、気付いたら、自然にって感じだったけど……思えば、最初から好きだったのかも」
「……初対面からってこと?」

ダイアゴン横丁の出逢いは印象深くて私の記憶にも鮮やかに刻みついているけれど、セドリックはそんな素振りを見せなかった気がしていたので驚いた。

「最初は、普通に興味があって。初めてダイアゴン横丁に来たって分かるのに、凄く堂々としてるから気になったし、色んな所に興味を惹かれてる姿は可愛かったし」

セドリックの言葉は良くも悪くも真っ直ぐで、容易に私の頬を朱く染めさせる。

「その後は──なんだろうね、君が凄く寂しそうな顔をするから、何とか仲良くなって欲しくて、色々試行錯誤してた気がする」
「!」

あの時も顔に出したつもりはなかったのに、見抜かれていたらしい。表情を変えた私の頬に手を当てて、セドリックは「それだけ僕は蛍を凝視してたってことに今気づいたけど」と緩く笑う。

「花言葉の知識や杖や読書量や……トロールと戦ったとか、とにかく君が凄い子なんだな、とは思ったけど。僕はずっと君が可愛くて仕方なくて、僕が守りたいなって思ってたんだ」
「そ、れは……妹として、とかじゃなくて?」

告白の時の真剣な目から、そうではないと分かってはいたけれど、最初に私がセドリックに感じたのは多分兄のような頼もしさだと思ったから、つい聞いてしまった。セドリックは悪戯に、けれど優しく頬を緩めて、親指で静かに私の唇を撫でた。

「!」
「兄は妹の、こんなところにキスしたいって思わないんじゃないかな」

私はもう果てしなく真っ赤だと思う。セドリックはそれでもなお、愛おしげな目で見詰めてくるんだからずるい。涙目になりかける私に、セドリックは困ったように笑った。

「困ったな、あんまり可愛いと、僕も抑えがきかないんだけど」
「せ、どりっく」
「……今日はこれで我慢するよ」

そう言ってセドリックは、優しく私の額にキスをした。



あれからずーっとセドリックのことを考えていたので、彼への想いが大分己の中で定まった。……それは良いんだけど、なかなか言う機会がない日々が続いていた。恋愛に於いて何もかも初心者な私にとって、切っ掛けでもなければこの大事な気持ちをきちんと伝えられない気がしたのだ。そんな最中、もうすぐバレンタインデーだということに気付いた。イギリス式バレンタインは“ひそかな想いを伝える日”だけど、此処は母国日本の力を借りようと思って、チョコ作りに励むことにした。勿論、日々お世話になってる先生方とか友達への物も欠かさず、日本式バレンタインの説明を書いた紙を添えて。

「わあ! ありがとう、蛍!」

ティナを含めた面々には前から日本式バレンタインについて話していたから、受け渡しはスムーズだった。大広間に行く前に親しい教授方にも配ってしまおうと寮を出て、またしても虚を突かれたような顔をするスネイプ教授にほんわかした。でも「……ありがたく、受け取っておく」と言って少し微笑んでくれたのが本当に嬉しかったので、日本式バレンタインいいと思うんだ。珍しいからか教授方の反応も良かったし、キリク、ロラン、アルくん(勿論アスも)達の表情も喜んでくれてたみたいだから。

「ね! あとは“本命チョコ”でしょ?」

ティナは一年前に話した日本式バレンタインの説明を細かく覚えているらしく、朝食に向かう廊下で嬉々として囁いてくる。

「うん……そうね、午後にでも渡しに行くわ」
「わあ…! 本当に手渡しするのね、日本人って凄いわ」

やはり女の子だからか、盛り上がっているティナに、私は苦笑する。

「仮説だけどね、日本人は普段奥ゆかしいとか、控えめなのが美徳とされているのよ」
「? うん」
「だから、バレンタインデーだけは正面から想いを伝えられる日だってしたんじゃないかしら」

勿論匿名で送ったっていいんだろうけど、日本の場合贈り物はほぼチョコなので未開封・市販でない限り匿名は厳しいと思う。逆にイギリスは、普段アピールする人も多いだろうし、ひそかな想いの主を探そうと受け取った人が動ける行動力もあるから、通用するしきたりなのではないかと思う。日本でひそかな想いを告げてたって、余程のことがなければ進展しない気がする。けれど、そんな論は大広間を開けた瞬間に吹っ飛んだ。

「…………ここ、大広間よね?」
「ええ蛍、間違ってないわ」

四面全部がショッキングピンクの大きな花で彩られ、空からはハート型の紙吹雪が舞い降りてくる。勿論犯人は教授達のテーブルで誇らしげにしている、目に痛いピンクのローブを着たロックハートだろう。

「……イギリス式バレンタインって、ひそかな想いを伝える日、よね?」

振り返った男子メンバーは、アルくんが凄い勢いで顔を歪め、ロランは腹が捩れるのではないかというくらい大爆笑をし、キリクが仕方ないね、と言わんばかりの溜め息を吐いた。詰まるところ、ロックハートがおかしいらしい。

「(うん、良かった。私の認識が間違っていたのかと思った)」

とりあえず積もっている紙吹雪をよけてレイブンクローのテーブルに座ると、何処からか大量のフクロウがやって来てカードを落として行った。去年も襲撃にあい、スリザリンのテーブルでアルくんもカードに埋もれているのでこれはバレンタインカードなのだろう。周りからの視線は気にしないことにして、とりあえずカードを整理していると、またしても上空から羽音が聞こえてきた。

「(……第二波?時間差攻撃?)」

とりあえず上空を見つめると、真っ赤な薔薇の花束を持ったフクロウが、まっすぐに私の所に降りてきた。驚いて固まる私に、フクロウは口を開く。

『主人が、他のフクロウに紛れぬよう、目立つ時に渡してくれと固く言っていた』
「そ、う…………ありがとう」
『礼には及ばない』

フクロウは私が受け取ったのを確認してから、再び宙に舞い上がった。薔薇の花束を結ぶリボンは鮮やかなカナリアイエローで、小さく“Secret Admirer(ひそかにあなたを想っているものより)”と書いてある。 真っ赤になる私の隣でティナは「あら」と口に手を当てて、キリクは「全然ひそかじゃないと思うけどね」と笑った。私もそう思った。

「朝から素敵な愛のメッセージを見せていただいたところで、皆さんバレンタインおめでとう!」

ロックハートの言葉で、今更ながら自分が大注目を浴びていたんだと思ってさらにいたたまれなくなった。しかしこの後更に彼の発案のせいで死ぬほど追い掛けられることになるとは、思わなかったのである。



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