多重トリップ過去編
□日本式バレンタイン
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小人の襲撃は場所を選ばず行われた。移動中は勿論、授業中も行われるので教授達もうんざり顔だった。途中からうるさ過ぎてキレたので、無言呪文でシレンシオを連発したら凄い感謝された。
「なんか…………無駄に疲れたわ」
「お疲れ様、蛍」
因みにカードだけならまだいいと思う。誰がお願いしたのか愛の歌を紡ぐ小人まで現れ、そのことでハリーが恥ずかしい思いをしていたのを覚えている私はかつてない程必死にシレンシオを唱えた。休憩時間の難点は、廊下で魔法が禁止されていることなので、小人に見つかったら厄介なことになる。気を張り廊下を歩きながら、こんなことに疲弊するくらいなら、日本式の方がよっぽど平和だと憎らしく思った。
「オー!」
小人と目が合って、彼らの目が輝いたらそれでもう十分だ。キリクとティナに謝りつつ、小人に名前を呼ばれる前にすぐさま立ち去る。軋騎さん仕込みの足をなめちゃいけない。でもこれだと、セドリックに会う時間が全くない。物陰に身を潜めながら、静かに溜め息をついた、その時。
「……あれ? 蛍、こんな所でどうしたの?」
さっきまですぐ近くで授業だったのか、教科書を持ったセドリックが目の前に居た。彼の後ろには私を追ってきた小人がいるので、そんなところに居られるのは非常にマズい。
「…っセドリック! 早く隠れて!」
慌てて彼を引き込んで、隙間から小人を見張る。キョロキョロしていた彼が通り過ぎるのを確認してから、詰めていた息を吐いた。
「…………はあ」
「大分小人の襲撃を受けたようだね」
事態を認識したのか大人しくしていたセドリックが、苦笑しながら口を開いた。彼も私がむやみやたらに人の好意を無碍にしないと知っているので、口調は柔らかい。
「二、三人ならまだ許せたんだけど、34体目ともなるとね」
「え?」
「え?」
セドリックもモテるので同じくらい襲撃を受けているのかと思って漏らした数字に、セドリックが唖然とした表情を浮かべた。それに私も首を傾げてしまうという、何とも奇妙な空間になっていた。
「…………流石、レイブンクローのかぐや姫だね」
「え、ちょっと、なにそれ」
「君の呼び名。知らなかったの?」
「……知らなかった」
異なる世界から来たという面が当たっているだけにドッキリだ。誰だ名付けたやつ。
「でも僕なら月に帰してあげないな」
くだらないことを考えていたので、状況を理解するのに数秒かかった。セドリックにこうして抱き締められるのは三度目である。
「ずっと側にいて欲しい」
「……イギリスのバレンタインは、ひそかな思いを伝える日じゃなかったの?」
真っ直ぐなアプローチが心地良くて、苦笑する。ゆっくり抱擁を解いて貰って、私はセドリック用のチョコを取り出す。
「日本のバレンタインはね、女の子が、好きな男の子にチョコを送る日なのよ」
セドリックの目が見開かれる。私は長く待たせてしまったことを申し訳なく思いながら、彼にチョコを差し出す。
「返事、遅くなってごめんね。私もセドリックが大事で大切で──大好き、です」
セドリックは震える手でチョコを受け取ってから、暫く俯いていた。「セドリック?」と声をかけながら近付こうとした体を、ぎゅっと抱き締められる。
「ちょっと今、顔見ないで」
見えなくても分かる熱さに、大分私はセドリックに真っ赤にさせられたのになあ、と思いながらも、待たせてしまった申し訳なさがあるので彼の希望通りにしておいた。今度は、緩く彼の背中に手を回しながら、セドリックの温もりを実感していると、セドリックの体がピクリと揺れる。
「セドリック?」
呼びかけると、セドリックがまだほんのりと赤い顔を見せてくれる。熱っぽく潤んだ瞳に、心臓が痛いほど音をたてて。
「蛍……」
そのまま、今度こそ唇に降りてくるキスに、私は目を閉じることで応えた。
***
漸く皆曰わく待ちに待ったセドリックとの交際がスタートしたのだが、私の学校生活にそう変わりはなかった。ティナは何だか物足りなさそうな顔をしていたけれど、セドリックは「蛍らしくていいよ」と笑ってくれた。……いや、これでもセドリックと会う回数増やしてるけどね?でも外とか歩き回るのは推奨されてないし、もしかしたらセドリックは今年度のホグワーツで私が襲われなければ何でも許してくれるかもしれない。(大袈裟だと思うけど完全に否定出来ない所がセドリックマジックなのである)まあ今年度は期末テストが無くなるわけではあるんだけど、兎に角勉強以外特にすることもないので、そうやって日々を過ごしていた。あっという間に復活祭の休暇が来て三年次の選択科目を決める時期が来た。皆悩んではいたが、深刻そうでもなければ軽く悩んでる訳でもなかったので、とりあえず自分のことに専念する。セドリックも傍観を決め込んでいるのか見守る体勢だ。私は本を読んでから例えホグワーツに行っても絶対占い学だけは取らないと決めていたし、ある程度の科目は独学で学んでいたのですんなり決まった。(何よりも先に排除した占い学に、セドリックが微かに笑った)自分の興味分野は誰よりも分かっているつもりである。それを見たアルくんとキリクが全く同じ授業を選択し、ティナやロランまでもがそれに続く。膝から見ていたアスが呆れた様に苦笑したのが分かった。
「……ちょっとみんな、本当にそれでいいの?」
特にアルくん。君スリザリンなのにマグル学とか取っていいのか。今まで気にしてなかったけど、君スリザリンで浮いてないよね?基本的に私と図書館にしかいないから、そう言えばアルくんが他のスリザリン生と居るところを見たことがなかったと今更ながらに気付く。
「だって蛍が一緒なら授業前も授業中も授業後も教えて貰えるし」
「授業を補完する参考文献まで読めるしね」
調子のいいことをいうのはレイブンクローの二人で、それを聞いたセドリックが見守っていた体勢をといてクスクスと笑う。
「君たちは本当に仲が良いんだから。妬けちゃうな」
「セドリック……思ってもないこと言わないでくれる?」
にこにこ笑顔のセドリックが、寮も学年も違う分、自分が居ない時には蛍を宜しくね、と皆に言ってることを私は知っている。(っていうかセドリックも皆も隠してないし)果てしなく恥ずかしかったけど、まあ愛されてるんだな、と思うことにしたのは記憶に新しい。……新しすぎるくらい新しいし、割と頻繁に繰り返されている。嬉しいけど愛されすぎだとも思う私である。
「オレは只単純に取ろうと思ってたのが蛍と被っただけだぜ!」
「……嘘付け」
「真似じゃねえ!」と元気に主張しつつ、只単純に選択科目を考えることが面倒くさくなったんだろうロランに、彼の性格を良く知るアルくんがぼそりと突っ込む。そんなやり取りに変わらないなあと少し笑って、判を押すように並べられた調査票を見てみる。数占いとマグル学は確か同じ時間でハーマイオニーが苦労していたなあと思い出し、これでみんながグリフィンドール生だったら全員にタイムターナー配られたのかな、なんてくだらないことを思った。とりあえず、早く三年目の楽しい闇の魔術に対する防衛術がやりたいなあ、と、つかの間の平和に浸るホグワーツで思ったのであった。