多重トリップ過去編


□閑話
2ページ/3ページ



夏休みの幸福な期間(二年〜三年)


「わあ……日本の家って独特の造りしてるんだね」
「あはは、とりあえず、上がって? あ、靴は脱いでね」

秘密の部屋騒動が終結した二年生から三年生への夏休み、付き合い始めたは良いけれど私が二年生なこともありホグズミードにも行けなかったし、休日も二人してクィディッチに費やしたりしていたので休暇中にセドリックを日本に招くことにした。一度それぞれ自宅に帰り、セドリックはきちんと家族の時間を、私は彼を迎える用意をしてから、休暇中の一週間だけ、泊まりで計画を立てたのだ。セドリック宅にお邪魔する話も浮上したのだけれど、まだ付き合い始めて日も浅いし、あと一年くらいは待って欲しいのが本音だったりして、私の家に両親他家族がいないのもあり気兼ねなく過ごせる方に決まった。

「凄く緑豊かな所なんだね」
「まあ周りが森だしね。神聖な森だから禁じられた森程暗くもないけど……後で行ってみる?」
「うん」

一応セドリックのお茶は紅茶にして、私は緑茶で和菓子を食べる。去年のハロウィンにも和菓子は渡しているので、彼も好んで食べてくれた。

「蛍が飲んでいるのは何だい?」
「これはね、日本茶よ。グリーンティー」
「一口貰っても?」
「いいけど……ちょっと苦いわよ」

わびさび渋みの緑茶は果たしてイギリス人に合うのだろうか。私は紅茶もストレートで飲むけど、ティナなんかは砂糖入りが当たり前だったし。

「へえ……美味しいんだね、このワガシにすっごく合ってる」
「ふふ、そりゃあ、日本人にはお抹茶に和菓子が定番ですから」

セドリックは割に日本文化を気に入ってくれているようで(それは日本のバレンタイン文化で私が告白の返事をしたから、ってのも関係あるのかもしれないけど)ホグワーツでも数少ない日本の資料を読んでいたようである。たまに滅茶苦茶間違った知識が当たり前に書き込んであったりするので、そこは訂正していったのだが。

「それにしてもとても静かだね」
「近隣に民家もそうそうないしね」

実は私が元居た現実世界では、そこまでご近所さんも縁遠くなかったんだけど此処だと物理的距離も精神的距離も遠かったりする。流石家族が私の為に用意した隔離空間設定だと思う。クスクス笑う私に、セドリックがふと真剣な目を向ける。

「、?」
「……淋しく、ない?」

きょとんと目を瞬いた後で、緩く笑う。

「寂しくないわ」
「ホントに?」
「ええ、だってアスも居るし……森にはもっといっぱい友達がいるもの」

ポケモン界で貰った贈り物は、私が一人で過ごす上で一番重要な資質だと言っても過言ではない。

「それに静かって言ってもね、風の音や木々の音、小鳥の声も水の音も……全部ちゃんと聞こえるわ」
「? うん」
「西洋文化ではなかなか理解されにくいけど、風流ってヤツよ。自然の音を静かに楽しむの。贅沢じゃない?」

イギリスでも屋敷の古さやハーブ等自然との共生・触れ合いは魔法使いに限らず良いものとされてきた。まあ貴族のお屋敷とかになると整然と管理された“庭”にお目にかかれる訳だけど。

「私は好きよ、静かだし、勉強捗るしね」

クスッとウインク付きで言えば、セドリックも「蛍らしいね」と笑ってくれて、二人でしばし笑い合う。マクゴナガル教授以来居なかった久々のちゃんとしたお客さんに、私も浮き足立ってはいるのだ。

「じゃああの綺麗な音を出してるのも、風流かな?」
「ああ、あれ? よく気付いたわね、そう。あれは風鈴って言って、風の鈴って書くのよ」

素敵でしょ、と笑うと、セドリックは優しく髪を撫でてくれる。暫く触れてなかった彼の温度に嬉しくなって、夏だけど木々に囲まれている為暑さから大分守られた現我が家で、彼に抱き付くことにした。

「蛍から抱き付いてくれるなんて、嬉しいな」
「此処は私のテリトリーで、今は誰も見てないもの」
「アスは?」
「森で小鳥の友達と散歩中」

気を利かせてくれたらしい同居人に二人してまたくすりと笑ってから、我が家で初めて唇を重ねた。

「和食合いそう? 大丈夫?」

イギリス料理やフランス料理、ドイツ料理なども一応は作れるのだが、セドリックは和食を楽しみに来てくれたので家庭料理の定番から作っている。手伝ってくれるらしい彼と台所に立ちながら完成した内の一品である肉じゃがの味見をする彼に問うと、瞳を輝かせる満面の笑顔が返ってきた。

「とてもさっぱりした味だね。素材の味がそのまま出てて凄く美味しい」

日本食が女の子に人気になった理由が分かるよ、と続けるセドリックは、本当に気に入ってくれたようでホッとする。イギリスの味付けは確かにこってりしているので、食文化の違いに心配もあったのだが、これなら大丈夫そうだ。

「日本食は米、野菜、魚が一応基本だから。出汁が味付けの大本だし、調味料もシンプルだから余計なカロリーもないしね」

確かに健康にもダイエットにも日本食はお勧めだ。

「母がね、是非とも日本食を教えて欲しいと言ってたよ」
「へ……って、えええ!?」
「連れてこいって父も騒ぐものだから、“僕の彼女は奥ゆかしい大和撫子だからもう少し待って欲しい”って伝えておいたよ」

爆弾発言もいい所である。

「はあ……で、ご両親の反応は?」
「好感度アップさ。因みにレシピをメモしてくるように言われた」

なんかもう突っ込みが追い付かない。

「……とりあえず、とても素敵な家庭だということは分かったわ」
「うん、いつでも嫁に来ていいからね」
「……」

そう言う問題じゃないと思う。けど、私はその言葉を飲み込んでおいた。

「それにしても、料理上手いね」
「そう?」
「手慣れてるし、エプロンも似合う」

後者は絶対関係ないと思ったので、苦笑するしかない。まあ自営業医師の父、受付やら担当薬師母を持てば長女の私が台所に立つのはかねてより必然だった訳で、13歳の頃は多分今より料理の腕は上手くなくとも、家事は担当してたと思う。異世界でも、お菓子作り含めてやってたし。ちぃくんの野菜嫌いとか克服させた、寧ろお母さんだし。

「父が自営業だったから母も手伝っててね、何となく家事担当が私だったんだよ」
「え……じゃあ誰に教わったの?」
「んーレシピ本とかもだけど、祖母かな? 家庭の味系は全部祖母から教わった気がする」

祭事で忙しい時以外は結構二人お料理教室だったことをなんとなく思い出して、笑みが零れる。

「両親よりも、祖父母の方が和食に精通してたしね」

寧ろ両親、特に母は研究体質だったし、おおざっぱな目分量で計るとか出来ない人だった。でもそうかと思えばまるで実験のように冒険してみたりと、なかなか不思議な料理を作っていた気がする。懐かしくてクスクス一人で笑っていると、セドリックが「安心した」と頭を撫でてきた。

「?」
「こんな広い家に一人暮らしなんて、事情を話されててもちょっと納得してなかったんだ。……良い家族なんだね」
「──うん」

ホントは、私もちょっと納得してなかった。折角家族が居る世界なのに、あまりにも実体が掴めなかったから。でも、元々の世界でだって四六時中一緒に居れる家族じゃなかった。みんなそれぞれ好きなことやって、熱中してく似たもの家族だったのだ。だから、私はきちんと補充されている冷蔵庫だけでも十分幸せだと思う。多分みんな、自分の夢中になってることに精一杯取り組んでると思うから。自分のやってることに誇りを持って、家族のことを思いながら前に進んでると思うから。

「ふふ、でもこうして二人っきりの家で台所に立ってると、新婚みたいだね」
「──っ!」

人がしみじみしてたら、またこれである。セドリックは無自覚天然リップサービスといい、私の顔色を赤く染めすぎだ。

「も、セドリックそういうことばっか」
「嬉しいんだ。ずっと二人っきりなんだって思うと、どうしようもないくらい」
「……晩御飯までにはアスが帰ってくるわ」
「じゃあ、それまで蛍を独り占め出来るんだね」

彼を止めるつもりの台詞も、ポジティブな彼によって前向きにスルー。そのまま額に、瞼に、頬に唇が降りてくる。勿論私も口では色々言いつつも、嫌じゃないのだ。だって、普段は居ない人の気配、私を包み込んでくれる温かさの持ち主が、目の前に常に居てくれるのだから。

「……もう」

だから、私も後ろ手でコンロの火を止めた。イチャイチャし過ぎて煮物を焦がすとか、阿呆なことはしないに限る。



***
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ