多重トリップ過去編
□花言葉に載せて
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「まずはこれ、ロイヤル・ブルーのベロニカ」
細長い箱の中から出て来たのは、五月の空を思わせる真っ青な蒼を宿したベロニカをモチーフにしたネックレスだった。戸惑う私に苦笑して、セドリックは箱から取り出したそれをあっという間に着けてしまった。
「セドリック、あの」
「うん、よく似合ってる」
首筋に触れる彼の指がくすぐったかったのだが、そんなことは問題ではなくて。
「君にずっと着けてもらえる物は何だろうって随分考えていたんだけど、最初から答えは決まってたみたいなんだ」
「、?」
「ベロニカの花言葉……常に微笑みを持って、だったよね」
「!」
初めて彼に逢った時に教えた言葉。初めて異世界に渡った時村田くんから貰った言葉。
「蛍がこの言葉を教えてくれた時のことも印象深かったけど……父も言ってた通り、蛍にはずっと笑ってて欲しいなって思ったから」
「……セドリック」
言葉が出なかった。嬉しいもありがとうも、本心であって言いたいことではなかった。どうしたらいいかわからない、涙が出そうで、彼の気持ちが痛いほど胸に響いて。
「それから──こっちが、僕の気持ちだ」
次いで開かれた箱には、スターチスの耳飾りが入っていた。柔らかい色のこれにはどうやら魔力が込められていて、状況に寄ってピアスにもイヤリングにもなってくれる優れものらしい。しかし機能の問題に感激しているのではなかった。だってスターチスの花言葉は──変わらぬ心。
「恋人にアクセサリーを贈るのは独占欲が強い現れだって言うけど……受け取ってくれるかい?」
首を傾けるセドリックの腕の中に、口では応えられないまま飛び込む。キュッと握る手ごと包まれて、正確に私の返事を受け取った彼によって見事ピアス形態になったスターチスが私の耳に飾られる。魔法で出来ているだけあって、痛くも痒くもない感覚が不思議でちょっと笑った。
***
「ふふっ、そう、花飾り三部作ってことね!」
“今年はアルやアスに悪いから、行きは蛍を譲るよ。帰りは一緒のコンパートメントに乗ろうね”と別れ際に言ったセドリックの通り、今年の特急のメンバーは私の直ぐ後に来て私にもたれ掛かるように眠っているアルくんと、私の読む本を隣から興味深そうに眺めているアスと、真正面から目ざとくピアスに気付いて洗いざらい聞き出しているティナである。今まで行きのコンパートメントでは一緒に行けなかったから今回はロランをキリクに押し付けて突撃してきたらしい。
「それにしても、蛍がクィディッチワールドカップの会場に居たなんて……無事でよかった」
「、ええ」
あの後、正確には試合が終わってお祭り騒ぎが起こっている中で何とか私たちが眠りについた頃、死喰い人絡みの騒ぎがあった。──闇の印が空に上がったのだ。
「なーんか、今年も平和じゃなさそうよね」
毎年何かと事件の起こるホグワーツに対して、ティナが息を吐くように言う。ティナ以上に私は心配だった。だって何もない筈がないのだ。ここはハリー・ポッターの世界で、物語が完結するまで事件が起こるのはあたりまえで。しかも自分は四年目からのエピソードを知らなかった。
「……きちんと本、読んでおくべきだったな」
と言っても翻訳本では三巻までしか出ていなかったので、弟が借りるついでに追って読んでいただけの私にはちょっと無理な話だったが、翻訳を待たずに原文で読めば良かったのだ。児童書だから割と英語でも大丈夫だっただろうに……今となっては全て後の祭りだが。呟きを拾ったらしいティナが、「それ以上本読んでどうするの?」とキョトンとした顔で返す。きっと他の誰が聞いてもそう返されただろう予想に、胸のつかえは取れないままに少々笑った。
「……蛍」
「あれ、アルくん」
笑ったことでかティナとの会話でなのか、意識を覚醒させたらしい彼に「起きてたの?」と聞けば、ジッとこちらを見るだけの視線。さらに首を傾げると、彼は表情も動かさないままに小さく口を開く。
「気をつけろ、……多分直接は関係ないと思うが、」
「なあに、アル、今年何かあること知ってるの?」
軽く言うティナと違って、アルくんは随分と歯切れの悪い話し方をした。
「……今晩分かる」
「ふぅん」
「、アルくん」
嫌な予感なんて、そんな特別な能力が私に備わっている訳もなく。先を知らない私は本当に無力なのだ。そのことが凄く不安なのは、もしこの先に楽観視出来ないような出来事が待っていて、大切なひとが傷付いてしまうような事態にならないかを考えずにはいられないから。
「心配するな、蛍のことは守る」
『右に同じだ』
アスまでも脇から膝に飛び乗ってきて、私は言葉の意味も分からないままに頷いた。頷くしか、出来なかった。