多重トリップ過去編


□暗闇の迷路に惑うのは
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最終課題の日となったが、基本的に選抜者以外はテストなので朝食の時にセドリックに激励の言葉をかけてからはティナとキリクにずっとしがみつかれていた。せがまれて出した質問に危なげなく答える二人は全然心配ないと思う。いや、キリクがティナに付き合う形の愉快犯となっていることは十分知っていたのだが。

「あー、どうしよう! 数と魔術に関する考察を少なく書きすぎたかもしれないわ!」
「何度目だい? ティナなら大丈夫だって」

テストが終わっても見直しの手を緩めないのがレイブンクロー生である。ティナだけでなく、周りのレイブンクロー生は仕切りに私が答えに何を書いたのかを聞きたがった。

「私の解答って皆と違いすぎて参考にならないと思うんだけど……」
「いいの! とりあえず一単語でも同じのがあれば安泰な気がするから!」

普段の授業では主に質問はティナとキリクを通して聞かれるのだが、試験期間は皆余裕がないので周囲は雑然としている。お昼時もこうなのだから、アルくんが普段は避けているロランと共に食事を取るのも頷けるものだ。

「あれ、どうやら代表選手の家族が招待されているみたいだね」
「え?」

キリクの言葉に、今まで隣の女の子が開いていた教科書に向けていた視線を上げる。なるほど、確かにレイブンクローの席にはフラーの妹ガブリエルとご両親らしき姿が座っているし、ハッフルパフやスリザリンにも彼らの両親が、グリフィンドールにもウィーズリー家が集まっているようだった。挨拶だけでもしておくべきか迷ったが、レイブンクロー生にしがみつかれたまま向かうのもアレなので遠慮しておいた。セドリックが苦笑しながらウインクをくれたので、事情は伝わっているだろう。案の定、晩餐会で顔を合わせた彼は笑いながら口を開いた。

「試験の度にあれじゃあ大変だね」

それに肩をすくめて見せることで返し、セドリックが取っておいてくれたらしい隣の席に腰を下ろす。向かいに座るご両親も状況を見ていたらしく、会話に参加して下さった。

「まあ、じゃあ蛍ちゃんは毎回あんなことになっているってこと?」
「ふむ、セドと同じで人気者という証だな」

目の前のお母さまの言葉は別にいいとして、お父さまはやっぱりセドリック至上主義過ぎると思った。まあ親子仲が良いのは微笑ましいことではあるが。

「父さん、蛍にまでそういうこと言うのやめてよ」
「ん? 二人はお似合いだと思ったのだが、悪かったか?」
「……そういうことじゃなくて、」
「本当に私にはもったいないくらいの素敵な息子さんです」
「いやいや! 蛍さんのような見る目有る素晴らしい女性を選ぶとは流石うちのセドだ!」
「……蛍まで」
「ふふ、セドリックも蛍ちゃんの前じゃ形無しね」

ちょっと引いちゃうのは仕方ないんです。だって特殊な環境下に居るのは絶対に私で、普通の子を選んだ方がいいんじゃないのって気はどうしてもしてしまうから。

「必要以上に僕を上げたり、蛍が謙遜したりすることはしてほしくない。いつだって僕は蛍の隣に居たいんだから」

……だけどいつも、そんな私の気持ちが分かっているかのように、セドリックが私を地に着けてくれるから。彼の隣を、用意してくれるから。

「……うん」

前半をご両親に、後半を私に告げたセドリックは見えない側の頬に唇を寄せたので、お返しに私もキスを送った。ご両親の前でやることでもないけど、此方では挨拶代わりでもあるんだし許されるでしょう。

「あらあら、若いっていいわね。もう、早く蛍ちゃんがお嫁に来てくれればいいのに」
「母さん、気が早いよ。まだ蛍さんは15歳だろう?」
「あら、16から結婚出来るのよ? プロポーズも済ませてるんだし、セドリックも卒業したら独立なんてしちゃうんじゃないかしら」
「そ、そうなのか!? セド!」

話が飛躍し過ぎていてすっかり今晩の最終課題のことが頭からすっぽ抜けてしまった。どうしてそんな話になったのだろう。顔を見合わせるセドリックも不思議だったのか、戸惑いつつも口を開いた。

「ええと、まず母さん。結婚は、蛍が卒業するまで待つつもりだよ。婚約はするかもしれないけど……学生時代を楽しんで欲しいからね」
「セドリック……」

常々真面目で誠実で真摯な人だと思っていたし知ってもいたけれど、ここまで正面からの回答をするとは思っていなかった。彼を夢みたいにロマンチストだと思う時もあるが、中身は現実的で計画性のある男とか詐欺もいいところだと思う。悪いところがないって本当に凄い。

「次に父さんだけど……僕だっていつまでも二人の世話になるわけにはいかないから、就職してある程度資金が貯まったら独立するつもりだよ。蛍との結婚もきちんと僕が安定してからにするし、少なくとも三年はお世話になるだろうけど……それからは、僕が父さん母さんに恩返しをする番だ」

なんて出来たひとなんだろう、とふと他人事のように思った。私はきっとセドリックと恋仲にならなくても、彼を尊敬し続けただろう、とも。それだけ彼がきちんと育ったのは、やはりこのご両親の功労があってこそなのだ。

「うっ……セドォ〜!」
「あらあら、お父さんったら、まだ最終課題も終わってないのに」

お父さまの涙もお母さまの微笑も温かくて、確かに此処はホグワーツだけど、休み中にお邪魔したディゴリー家の雰囲気そのままが、其処にはあった。セドリックの苦笑も柔らかくて、本当に本当に幸せで、優しい家族の具現。

「感極まると泣き上戸になっちゃうんだ」
「ふふ、セドリックは似なかったの?」
「そうだね──僕は興奮すると、スキンシップが激しくなるタチだから」
「あは、それは知ってる」

じゃれあいながら、優しい幸せに浸りながら、温もりの隣に居ながら。私は確かに、この家族の内に、彼の隣に、未来を見た。温かくてしあわせな未来を、夢、見た、のだ。
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