多重トリップ過去編


□暗闇の迷路に惑うのは
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試合の最中、何故かずっと不安だった。だけど、誓ったことも忘れていなかったし、待っていると約束をしたから、待っていた。
ただ彼が戻って来た時、心が凍りついたような錯覚を覚えたのだ。震える脚でそれでも速さを求めて、彼の側に行った。気をよめるからこそ、彼が動いてないことなんてすぐに分かる。
歓声の最中、まだ誰も異常に気付いてない。世界から隔絶されたみたいに静かで、私の心臓も彼と一緒に止まったような気がしていた。幸せな思い出も、優しい感触も、ただただ消えてしまったという事実だけがそこには転がっていた。

「蛍ッ、ヴォルデモートが……っ、僕、止められなかった…っ!」

セドリックにしがみつくようにしていたハリーが私に気付いて、強張っていた顔をくしゃりと歪めて震える声で話し出す。
その情報は私が知る筈の無いもので、知っていたら止められたのか、なんて考えても仕方ないことがぐるぐると頭を回った。きちんと思考が出来ない、驚くほど、今の私は無力で。

「…………嫌なね、胸騒ぎがしてた……私も、ハリーのお母さんのように、死の呪文に打ち勝てるものを、彼にかけておくべきだったのかしらね」

確かに今年のホグワーツはざわついていたし、ヘンな雰囲気も漂っていた。けれど、まだこの世界は平和だと、現実の闇の帝王の介入が無かった二年間を信じて、何もしなかったのは私のミスだ。
クリスマスに送ったチューリップは確かに彼を守る御守りだったけど、死の呪文なんて複雑で邪悪なものを跳ね返せる力は持っていなかった。
さらりとすべる頬は冷たくて、青白くて、もう二度と彼が私に向かって微笑まないのだと思うと酷く泣きたくなった。けれど、どうしたって涙は出なかった。

「蛍……セドリックが、──最後に、なんでか分からないけど、少しだけ彼と話せたんだ……、僕に言ってた。“僕が居なくなっても、どうか笑ってて”って。“蛍が何処にいても、見守ってるから”って」
「──────ッ」

きっとセドリックは、遠い日本でもって意味で言ったんだろうけど、聡い彼が遠くを見つめる私に何も思っていなかったとも思えなくて。世界が違っても、という意味で取れてしまって、堪らなく胸が締め付けられて顔が歪む。

「笑ってて、なんて、ひどいことを言うわ、彼」

異世界で、また別の世界に渡ってしまうかもしれないのに、それでも隣に居て欲しいと願って、側に置いてくれた彼が居なくて、本当に笑えるのか分からなかった。
周りは状況の異変に気付いたのか、ざわついて混乱していたみたいだけど、私はもうこれ以上目の前の現実に耐えられなくて、彼の胸に落ちるように、気を失った。







目覚めて、まず目に入ったのはアスの顔だった。妙に瞼が腫れぼったくて、頭がガンガンしたことを不思議に思いながら身体を起こそうとして、非常にだるいことに気付いて顔をしかめる。

『……起きたか』
「……、アス」

静かな、静かな声だった。だけど、その声に被さる様に一気に情報が流れ込んできて、なんで自分がこの場にいるのかを悟った私の顔は強張るのが分かった。アスは敏感にそれを察知する。

『蛍、』

柔らかい呼びかけにも、答えられない。強張ったのは表情だけでなく全身で、私は満足に身体を動かせなかった。起き上がる時に脇に退いていたアスが再び布団の上にあがって私と視線を合わせるように膝に座った。

『……辛いな、だからもういいんだ』
「…?」
『もうすぐ、ここには人が大勢押し掛けるだろう。オレは、そんな環境に蛍を置くくらいなら、もう終わらせていいと思ってる』
「な、に……を?」

綺麗なオッドアイは見詰めると不思議な気分になった。アスが不思議だったのははじめからだったけど、此処まで読めないのも珍しい。

『蛍、おまえはもっとわがままになっていい。素直な気持ちを、吐露するだけでいい』
「……すなおな、きもち?」
『──セドリックがいなくて、このまま此処で生きられるのか?』

アスの言葉で凍りつくのが分かった。成程私は現実逃避がとても上手いらしい。鈍い痛みはもう傷付きたくないことを表していると云うのに、心はどんどん血を流す。

『何も考えなくていい。泣いていい。喚いていい。ただ、自分の気持ちに従ってみろ』

気持ち──気持ちと、果たして言えるのだろうか、きちんと考えられているかもわからない、子どものような私。セドリックと云う道標を失って、迷子になったのは私だ。そう、待っていると約束をしたことに、私は縛られている。このままじゃ、私は前へ進めないと分かっている。だって私は、彼に全て捧げると誓った。彼が迎えに来てくれなきゃ、一歩だって先に進めない。

「待っててねって、言ったのに…っ」

瞼が熱くて、アスがぼやける。

「隣にずっと置いてくれるって、約束したのに…っ」

柔らかくて温かい彼の笑顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。

「ずっと一緒って…ッ誓ったのに!」

もう私はただの駄々をこねる子どもだった。でもそれでいいとアスは言った。彼が何をしたいのか分からないまま、私は最後の言葉を言った。

「貴方が居ない世界には、これ以上いられない……居たく、ない…っ」

刹那、ぐるんと世界が回転する。見開いた目で映したオッドアイは、静かに細められていた気がしたが、もう確かめる術は私に残っては居なかった。



***
さようならセカイ
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