多重トリップ


□貴方と彼女の幸福論
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「すまない…うちのマネージャーが機能していないばかりに」
「うーん、まあサポートに関してはフォローできる範囲内だから良いんだけど」

蛍と合流したのち到着した青学で、手塚と大石の部長副部長コンビがしきりに詫びていた。蛍は気の毒さが増したような同情的な視線を向けているが、私としては連れてきたヤツらが面倒を見ろよという感じが否めない。立海のマネージャーである私扮する鰐口にまで手伝ってもらっている現状に心苦しいような表情をするヤツが何人かいるが、実際困るのは彼女が仕事をしないことではなく、他のチームの練習の邪魔をしている一点だ。行きのバスではどうやって金森を凌いだのだろうかと蛍が手塚に聞こうとしたら、突然肩を掴まれて少々驚いた。気が高ぶっていて近付いてくる乾に気付かなかったらしい。

「えっと…どうしたの、乾くん?」
「立海のマネージャーは鉢屋三郎だと蓮二から聞いたのだが」
「…俺は二年の平部員、鰐口延行です」

そのまま困惑気味の蛍を影に入れた乾は、眼鏡が反射して謎の凄味を持っていた。柳と幼馴染らしいが、データ収集やら分析能力やら、本当に厄介なとこばかり似る奴らだ。

「加えて、鉢屋三郎は変装の名人だと聞いた」

ざわっとレギュラーが騒いで注目が私に集まった。面倒なことになったな、と思いつつ乾の手を肩から外すために一回転し、姿を仁王に変えてみた。

「プリ」
「えっ仁王!?」
「いや英二、これも変装かもしれない」

神妙に呟く不二が此処は正解だ。まあ最悪私の事は金森にバレなければ問題はないのだが、今は忍務中換算なので蛍に指示を仰ぐ以外の選択肢が私にはない。蛍の目を見詰めれば頷かれる。

「三郎、一回戻って良いよ[金森さん氷帝挟んだ向こうにいるから見えないし]」

矢羽音を含めた言を貰ったので一瞬で姿を元に戻した。雷蔵の顔ではあるがこれが表の私の顔だ。蛍はどんな私だって気配で分かってしまうけど、青学レギュラー陣は変装する奴が珍しいのか、まじまじと私を見ている。

「うはー、本当に鉢屋さんだったんスね」
「すごいにゃー」
「一瞬で変わるなんて…どうなってるんだい?」

興味津々に近付いてくる桃城と菊丸が私の周りをぐるぐる回り、河村が少し離れた所から目を丸くして観察する。動物園のパンダのような状態にうっとおしくなり、「企業秘密だ」とだけ言ってそのまま蛍の隣に並んで肩を抱く。

「こうして並ぶより、鰐口延行のような冴えないフツメンが隣に並んだ方が、蛍がヤツに要らんやっかみを受けんだろ」
「…成程、それで鉢屋は変装をしていた訳か」
「二人って、付き合ってるんスか?」

納得顔の手塚の後で、小さなルーキー越前が何気なく聞いてくる。それは爆弾並みの威力を持っていたようで、一気に場がシンとした。菊丸の「うわーおチビ、勇者ー」という掠れ声は静かなだけあってよく聞こえる。

「ヒント@一緒に住んでる」
「でえ!?マジすか!?」
「フシュー」

二年コンビの頬が赤くなり、蛍が隣で呆れるのが分かる。しかし先程から溜まりに溜まったストレスを発散できるような良い機会なので、逃がしたくない。蛍も私の気持ちが分かっているからこそ、止められずに許容されているらしいし。

「ヒントA生涯を捧げると誓った」
「も、最早プロポーズじゃないか…!」
「成程、二人は婚約者のような間柄だと、鉢屋は認識してほしいようだね?」

大石が手塚の肩を振りまわして面白いことになっていた頃合いに、乾がノートを広げながら言う。余計な事を、と思うがお遊びは此処までだろう。そもそもこの合宿、ふざけてる時間はあまりない。

「違うのかい?」
「ああ不二。蓮二から聞いたところによると、家族のような…いや、家族より深い関係らしい」
「それって恋人とは言わないんスか?」

越前が腑に落ちない顔で首を傾げてきた時、蛍がスッと腕を絡めてきた。早くこの話題を終わらせるためだとは分かっているが、嬉しくてちょっと頬が緩む。

「恋人だと、別れた後はただの他人より険悪になっちゃったりするでしょう?私と三郎は、最早性別を超えた相棒だと思ってもらえれば…まあいいかな」

ね、と言ってくる蛍の額にキスを落とせば、中学生は初々しい反応をしてくれる。蛍は「そーやって遊ぶんだから」と溜息を吐くが、これはもう挨拶みたいに染み付いているスキンシップだ。ほくほく笑顔でいれば、仕方がないなあと笑ってくれる蛍がとても好きで。

「ふーん…ちょっと蛍サン、屈んでよ」
「ん?」

ツンツンと彼女のジャージを掴んだ越前に合わせて膝を折った蛍の頬に、越前は私がしたようにキスを送る。先輩陣はまたしてもざわめくが、残念ながらうちの蛍は本場イギリス仕込みだから動揺しないぞ。

「三郎サンの挨拶みたいらしいから」
「ふふ、ありがとう」

案の定蛍も越前にキスのお返しをした。大石なんかは「グ、グローバルだ…!」とか謎の奇声を発しているが、下心を持つヤツがするのは挨拶にならないから、そこんとこ部員によく言い聞かせておいて欲しい。




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