多重トリップ


□始まりは夢主視点で
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初トリップはあまりに自然過ぎて暫く気付いていなかったのをうっすらと覚えている。遠い昔に生を受けたのは現代社会だったけれど、それから何故かトリップとか転生とか良く分からないものに巻き込まれて続けて、魔術とか魔法とか学んでみたり子供に人気の携帯獣に囲まれたり天才ハッカーと友達になって技術教えて貰ったりと、なんかもう色々チート状態になってしまった。
当初は割と楽しむ余裕すらあったこの多重トリップだが、魔法の世界で唯一無二だと思っていた恋人を失ってからは楽しいばかりじゃない現実を知ったし、その後に出会った戦国の世の優しいおじいちゃんとお兄さんのおかげで傷を癒した後は、機会があったから忍者として生きていた。携帯獣で身に付けた動物の言葉がわかる能力で情報屋を兼務してはいたけれど、世界の様相によって立ち位置を変えなければならなかったから。
初期より慎重になったこともあって色んな事を知った私だけど、能力は向上しても複雑怪奇な中身になればなるほど心を許せる相手なんてものは見つからなくて、次におじいちゃんやお兄さんのような理解者に出会えたらちゃんと自分の体質のことを打ち明けよう、と思っていた気持ちは年々凋んでいった。どうせまた転生なりトリップなりして別れてしまうことになるんだし、親しい人も上辺だけで、と当たり障り無く生きていくことが気付かない内に大分癖になってしまったのかもしれない。
しかし、そんな私に何を思ったか興味を持ってくれて、今まで室町という時代の都合上使いもしなかった知識すら面白可笑しく聞いてくれる奇特な友人がいた。名を鉢屋三郎。私が転生&トリップをしてきた中での群を抜いた親友で、唯一私がトリップ体質だということを明かした人間である。今そんな無二の親友が隣で唖然としている。いや、私自身も開いた口が塞ってない状態なんだけど。

「…ナニ、此処」

三郎が何処と言わずに何と言ったのも頷けるし正しい。何故なら此処は彼の知識では到底理解出来ないものに囲まれる、彼の世界では表現出来ない場所だったからだ。

「…ごめん、三郎。なんか巻き込んだかも」

私も唖然とはしているのだが、とりあえず自分のせいであることは確実に程近かったため謝っておいた。いや、結構な強敵に遭遇して背中合わせに闘ってた森から一転し、高層ビルに囲まれる状況になったことに私の落ち度は存在してたまるか、という感じではあるが、トリップ体質な私が三郎を引き込んだ以外にこの状況の説明がつかない。今まで一度だって誰かを連れて異世界に渡ったことなんて無かったのに、もしかして体質のことを自分の口から明かしたから巻き込んでしまったのだろうか。理解出来ない超常現象に説明書がついたところで苛立たしくなるだけかもしれないが、今だけは真剣にハウツー本が欲しかった。慣れてしまったあたり溜息しか出ないのは確かであるが。

「…つか蛍、その格好どうした」
「え?」

言われて初めて気付いたが、私はどうやら遠い昔に現代で着ていた高校の制服姿らしかった。え、ということはまさか

「も、との世界に戻った…?」

はっきり言ってトリップし続けて何年経ったか分かんないからイマイチその時の状況も場所も覚えてないんだけど、というか気付かない内に違和感を許容していた私には分岐点なんてまあ判る筈も無かったんだけど、今が夜で良かったかもしれない。昼間だったら三郎の服目立ち過ぎるし。とりあえず表情に安堵の色を浮かべた刹那、肩に手が置かれてビクリと跳ねた。

「ッ!?」

一瞬の安心感に気を取られて警戒が疎かになっていた。背後を振り返ると、脇にいた三郎が果てしなく緊張状態に入るのが分かった。いや、冷や汗なら私もかいてるけど苦無とか出さないでね、後が大変だから。

「君、高校生かい?こんな時間に危ないよ」

案の定声をかけてきたのは警察官で、健全な学生を心配してくれたのは分かるのだが、隣にいる男は忍服なので近付かれてそれに気付かれた今面倒だけどこの場を切り抜けなければならなくなった訳で。

「ん?──彼は、」
「あの!私達劇団の者で、今度タイムスリップしてきた忍者と女子高生とのラブコメやるんです!ちょっと休憩時間に息抜きと感覚掴むため抜け出して来たんですけど、衣装のままじゃやっぱりまずかったですよね、すみません。すぐ戻りますので」

三郎の手首を掴み、彼と警官の間に体を滑り込ませて笑みを交えながら一息で言う。警官がこれ以上三郎に近付かないようにしているのは、三郎の為ではなく警官の安全の為だ。矢羽音で[危険は無いから何もしないで、私に合わせて付いて来い]とだけ三郎に告げて、「お巡りさんも時間があったら見に来て下さいね!」なんて詳細を告げない妖しい勧誘でごり押ししつつ手を振ってその場を去る。道を外れたのは大通りに出て車等を見ると知識としては持っていても流石に混乱するだろうと言う配慮であり、本格的な移動の前にある程度の常識を説明しておこうとうろつけば使われて無さそうな倉庫を見つけたのでこれ幸いと中に入って振り返った。

「…あれ、何で髪短いの?」
「ヘアピースと頭巾取っただけだよ。この世界、男は短髪が普通みたいだから」

思ったより落ち着いていて冷静だった三郎が有り難い。これ竹谷とか潮江先輩とかだったら凄く苦労しただろうな、と失礼なことがなんとなく頭を過った。

「ん、飲み込み早くて助かる。私も完全に把握した訳じゃないけど、この制服を着てる分を見ると私自分の世界に帰って来たのかもしれない。ここで喜ばしいことは、つまり家があるかもってことね。拠点にして人目気にせず先のこと心配したり相談したり出来るから、ちょっと考えたいことはひとまず置いといてとりあえず私の家に行くまでにこの世界での概念とか交通だけ先に話しちゃうわ」

忍器って身につけるのは小さい物ばかりだし出さなけりゃ大丈夫だとは思うけど、銃刀法違反のこととか含めて色々と注意をつける。三郎は所々質問してきたけど、優先順位は分かっているのだろうし、話したことは全部理解してくれたらしいので一息吐いた。喋り疲れるって多分こういう事だと思う。

「疲れ気味なとこ悪いが…忍がいないなら私の格好不味くないか?あとお前の忍服はどうなったんだ?」
「ああ…なんか私の道着が忍服になってた。ジャージとTシャツは持ってたからこれ着てくれていいよ」

流石に高層ビルの屋根を渡って行くのは危険だし、地上を歩く為にも服装は大事だ。ジャージですら結構様になっている三郎はお洒落さんだなあと現実逃避に近い感心を抱いた。



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