多重トリップ


□変装は計画的に
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何も怪盗キッドを追うのは警察や親父を殺した組織の奴らばかりではない。仕事を始めた頃は思いもしなかったことだが、当たり前に裏社会の自由業の面々と鉢合わせするようないわくつきのものにまで手を出さなければならなくなったのは俺のせいじゃないと思う。おふくろも人使いが荒いっつーか、息子になんてことさせるんだっつーか。そんな思考の現実逃避が許される状況ではないくらいに、実は切羽詰まった場面である。案の定ハンググライダーは狙撃されて使い物にならなくなっていたし、右足にも弾丸がかすったのか素早く走るのが無理で時間稼ぎをしなければ、と思い入りこんだ倉庫で、今までにないような人数に囲まれる俺はらしくもなく“此処で終わりか”なんて思いが頭をかすりもして。そんな時背後に気配を感じれば、普通の人間は絶体絶命を思い浮かべると思う。

「!」
「敵じゃないわ、静かに」

けれども振り返った先に居たのは自分とあまり変わらないくらいの女の子で、制服姿なのだから状況も忘れて混乱しそうになる。一般人がなんでこんなところに、とも思ったが、どう考えても怪盗キッドの後ろをとれる女子高生が一般人な訳も無い気がして。ぐるぐるする俺の思考とは裏腹に、彼女はピンと張った小さな声で続ける。

「出られないと私も困るの。あの鍵、何分あれば開けられる?」

倉庫の入り口には腕力がいりそうな大げさな鍵が取り付けられていて、俺が先程敵の相手をしながら外すのはほぼ絶望的だなと苦く思ったものだ。彼らの相手をしないで済むなら二分とかからずに開ける自信があるが、この少女はいったい何をするつもりなのか。

「………二分、あれば、十分ですが」

不安はポーカーフェイスからにじみ出そうなくらい膨れ上がって質問を紡ごうとしているのだが、目の前の少女は不敵に笑って了承するだけだ。その笑顔は、心臓を鷲掴みにされたのかと思うくらいとても綺麗で。

「じゃ、よろしく!」

颯爽と言った彼女は、一瞬で天井の柱まで飛び上がった。ええええ!?今、ワイヤーも何も見えなかったよな!?跳躍力だけであそこまで行くなんて人間技か!?
混乱を極めている間に、彼女は俺が最も警戒していた銃を持つ三人を簡単にのして、俺に合図を送って来る。ハッとして鍵開けに取り掛かる背後で、次々と男達のうめき声が上がって夢でも見てるような気分になった。夢中で取り外した時にはもう倉庫の中立っているのは彼女しかいなくなっていて、外の人間も綺麗に縄で拘束されていたのだからすっかりポーカーフェイスも剥がれおちてしまった。

「──貴女は、」

絞り出したかすかな声は、続きを持たなかった。誰、なのかどうして助けたのか、聞きたいことは色々あったが、どれを聞いても自分は満足しない気もしていた。だからこそ、彼女の答えに驚かされたのだけれど。

「蛍」
「え、」
「名前よ。警察への連絡は、貴方にお願いするわね」

言うが早いか、彼女は再び天井へ上がり、天窓から外へと出て行ってしまった。後から追うような影が走った気がするが、気のせいだろうか。どの道、自分一人で平気だったのに己を助けてくれたことに変わりはない彼女に、強烈な印象を抱くのは当たり前のことで。

そんな風に鮮やかな記憶として刻みつけられた彼女が何処の誰なのか、流石の自分でも名前だけでは見つけることも困難だと悶々としていた翌日の朝に、昨日の少女が目の前を歩いて行くのを見つけたのだから驚きもMAXだ。しかも男を連れてて、この男がまた彼女にべたべたと触っているのだから胸糞悪さを感じざるを得ない。正体がばれるのはまずい故に話しかける訳にはいかないが、見慣れぬ少女に声をかけられない理由にはならないというのに!

そうこうしているうちに学校に着き、彼女は職員室へと向かい男はふらりと何処かへ立ち去った。朝っぱらから職員室に入った、ということは、彼女は転校生なんだろうか。昨晩見た制服とは違う江古田の学生服に身を包んでいることからも推察は出来たが、彼女の学年とクラスが気になるところである。とりあえず尾行するのをやめて教室に入ることにする。

「あー快斗!やっと来た!あのね、今日このクラスに転校生が来るんだって!」
「ちょ、青子それマジかよ!?」

いきなりテンションが上がるのが分かった。ああでも自分は正体を曝せないからお礼を直接は言えないんだった。でも仲良くなるのくらいは許されるはずだよな!転校生には親切にするもんだし!と、落ち込みかけた思考を再び立ち直らせて、話し掛けるタイミングが早くやって来ないかと悶々としながら教室で待機していたと云うのに。

『残念だったな、蛍は俺の隣と相場が決まってるんだ』
『大丈夫ですよ、日比野蛍が居る所、鉢屋三郎ありですから』

さも隣に居るのが当たり前だと云わんばかりの勢いで例の男が蛍に張り付いてるから、一向に声が掛けられない!つか、転校生に興味深々な奴らまで追っ払うとかどんだけ過保護なんだよ。蛍もちょっと呆れ顔なのに、許容してるとかいくらイトコだとしても甘やかし過ぎじゃねえか?あまりに苛々しすぎて凶悪顔になってたのか、青子が恐る恐ると言った感じで声をかけてくる。

「か…快斗、大丈夫?顔、凄いことになってるよ…?」
「ああ?大丈夫じゃねえよ!何なんだよあの鉢屋三郎ってやつ!」

ヤツは俺が蛍を眺めてると、決まってこちらに視線をよこして口角を上げる。ざまあみろと言わんばかりに!!

「クラスメイトじゃない!まあ鉢屋くんはあんまり学校に来てなかったけど…イトコさんが居るとやっぱ違うのかなー」
「つーかアイツ張り付き過ぎだろ!誰も話しかけらんねえじゃねえか!」
「…快斗、日比野さんとお話したいの?」
「あー?当たり前じゃねえか、俺はクラスの人気者だからな!新しく一員となった奴にマジックショーで歓迎が出来てないなんて黒羽快斗の名折れだ」

本当のことを言う訳にはいかないから少々強引な理由付けになっちまったが、青子は俺の台詞を疑うことなく信じた。…アホだ。

「あっならさ!放課後教室で待ってなよ!日比野さん転校してきたばっかで色々渡すプリントがあるって先生言ってたし、鉢屋くんも校門で待ってるって言ってたのさっき聞いたから!」
「おっまじかよ青子!」

アホだけど使える奴である。今日ほど青子に感謝したことはない。

「あーでも放課後に一人待ち伏せるとか、転校初日の女の子にとって怖くないかな?」
「…何?」
「青子は快斗の性格とか知ってるからアレだけどさー、ヘンなことしないでよ!快斗!」

そう言って青子は自分の席へと戻っていった。…気になることを言い残して行くなよな、マジで。でも、そうなのか?昨夜の印象ではそんな怖がるようなタイプではない様に思ったが、確かに放課後話したことも無い男子が待ち伏せしてるって状況は頂けないかもしれない。…どうすっか。頭を悩ませて間もなく、俺は閃いた。なんだ、変装すりゃあいいじゃん、と。それが余計にヘンな事態を招くとは、この時はまだ知らずに。



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