多重トリップ


□馴染むのは心の整理がついてから
1ページ/6ページ



忍たるもの、どんな状況下に於いても慌てず騒がず冷静に判断し、空気に一体化するよう馴染むべし。諸国を巡りその土地の情報を集める“諸国変化の術”を使うわけでも、隠士や蟄虫ましてや穴丑になるつもりもないが、世界を超えた自分がその世界に溶け込むようにすることは忍として当たり前であったし、自分が忍者であるアイデンティティを失わずにいることは私にとって重要なことであった。元々は忍でなかったというかつての蛍も違う世界で生きていくために様々に対応してきたのだというし、元来彼女に忍者の素質があったんだろうと思う要因だ。一人で沢山の世界を駆け抜けた彼女の隣に立ちたいと思うのだから、いつまでも蛍に対しておんぶにだっこな状態は宜しくない。

「という訳で蛍、ちょっと行ってくる」

唐突な私の台詞は、背中でぴったりと温もりを感じていた蛍に向かって発せられた。読書中の蛍にはいつものようにベタベタ出来ないので(もし此処が忍術学園のように畳だったなら膝枕でもしてもらうのだが)力を入れないよう寄りかかりながらも纏めていた考えが決定を待って口から出たのだった。唐突な私の発言にも蛍は動じることなく視線は上げないままだが、周囲は驚きで滅茶苦茶ざわめいた。…普段の私が蛍にべったりすぎて片時も離れていなかったせいだが、反省はしない。中森や桃井といった無害そうな女子には警戒しないんだし別にいいだろう。あらかじめ男共には「蛍に手ェ出したら殺す」と笑顔付きで言ってある。

「…どういう訳か全然分かんなかったけど、行ってらっしゃい、三郎」
「よし、黒羽も来い」

唯一チャンスだ、と言わんばかりに顔を輝かせた黒羽の腕を取り教室を出る。事ある毎に蛍に話しかけようとする黒羽はいっそ甲斐甲斐しいくらいであったが、毎度邪魔をしている私からすれば根性のある奴だと思う。まあセキュリティー等室町とは各段に違う状況下で泥棒をやるくらいだ、肝が据わってるのだとは思っていたが。

「てめっ!鉢屋!また日比野サンに話しかけんの邪魔しやがって!」

当初は自分と同じ様に蛍に助けられ、同じ様に彼女に好感を抱いた黒羽になんか蛍をやるか、といった感じで彼の妨害をしていた筈なのだが、あまりに奴が面白い反応をするので最近では黒羽をからかうことの方に重きをおいている。人当たりの良い蛍だが、複雑に入り組んだ彼女の過去と内面を知るのはこの世界で私一人だ。今更何処の誰が親しく話しかけた所で、蛍の心をそう易々と開けるわけでもないし、其処まで神経を張り巡らせている必要もないということで。

「黒羽、今回私がお前を連れてきたのは、蛍に話しかけるのを邪魔することがメインじゃない」
「…そうなのか?てっきり俺は…って、メインじゃないだけでサブにはしっかりと入ってんだろうがその口振りは!」
「なんのことやら」

このやけに回転数の早い頭も、常人を逸するだろう様々なスキルも、凡庸な高校生たちの中心に行ける資質ではあれど、蛍の心を掴める要素ではない。…まあ言ってて私も何が蛍の心を開けた切欠になったかは分からないんだが。言うならば年月だろうか。世界を超える前から共に過ごしている時間は、蛍と二回目の人生を歩む上で私にとってとても重要なメリットだった。

「…おい鉢屋、結局本題は何なんだよ」
「おお悪い。あのな、私に手品を教えて欲しいんだ」
「は?」

正確にはこれも本題ではなく、私の目的は黒羽と一緒にいて変ではない理由を作ることにあった。明るく個性的な黒羽はクラスの中心に居たし、奴の近くならこの組の力関係の縮図や相関関係も分かり易く見えるだろう。私も楽しいし。

「お前得意だろう、手品。私も何か特技を増やそうと思ってな」
「…鉢屋は既に変装っていう特技があんだろ」

黒羽は蛍が転入して来た初日の私の悪戯を忘れてはいなかったらしい。だが自分の行いを棚に上げた非難だと思い返したのか、すぐさま苦虫を噛み潰したような表情になる。思わず笑いが零れかけたが全てを台無しにするわけにもいかないので何とか抑えて、奴の心情になんて全然気付いていない風を装う。

「変装はあんまり(バラすのが目的なら)やるなって蛍に言われたからな」

忍者スキルを邪魔に思ったことはないが、この力は一般人にはやはり異質、周りに溶け込もうとしている時においそれと軽々しく乱発するようなものではないのだ。だが私は人を驚かせるのが好きだし、特技:なし、なんて寂しい人間にもなりたくはない。

「黒羽がやる手品、いっつも面白そうだし、楽しそうにやってるからさ」

本心のままに口を開くと、黒羽は目を瞬かせてキョトンとした後、その表情を明るく変えた。

「そーかそーか!鉢屋もマジックの魅力にすっかり虜になっちまった訳だな?」

ジト目だった顔は一変、嬉しそうな笑顔で「じゃー今日家来いよ!」という黒羽。続けざまに言う台詞は、仲間が出来て嬉しいぜ!という、骨の髄まで無邪気なもの。

「(コイツ…頭の回転は早くても、馬鹿だな)」
「家に沢山あるグッズを披露してやっぜ!今夜は寝かせねえかんな!」
「え、まさかの泊まり発言?」

私はいいが、蛍を一人にしてしまうのは少々忍びない。…いや、別に今までもこんなにべったり一緒だったわけではないので平気ではあるのだが。色々思案を巡らせていると、黒羽がそんな私に構わず首を傾げた。

「…なんか、騒がしい声聞こえねー?」

奴の言葉に考え事でシャットアウトしていた周りの音を拾うようにすると、途端に上からの声に気付く。

「屋上…女だな」
「えっ!?窓も開けてないのによくわかるな!」

私が言うと、黒羽が窓を開けて耳を澄ませてからスゲーと笑う。しかしこの声、随分一方的に相手を責めているようで眉根を寄せることになる。

「つーかこの声…紅子?」
「!」

黒羽が更に音を拾おうと身を乗り出した瞬間、目の前を遮っていく制服姿。鍛えられた動態視力に映ったのは、間違いなく蛍だった。

「ちょ!?今の、蛍さん!?」

蒼白な顔をする黒羽に構わず窓枠に足をかけると、奴は「おっ、おい鉢屋?!」と更に切羽詰まった声を出すので一瞬で冷静さを取り戻した。

「黒羽、蛍は早退だ。私は保健室ということにしといてくれ」
「…後で、事情聞いていいのか?」
「ああ、頼んだ」

黒羽がしっかりと頷くのを確認してから、私は蛍を追うように五階から飛び降りた。




*用語解説
隠士(いんし)、蟄虫(ちつむし)…味方にも知られず、町で生活している忍者。その中でも、長く暮らし信用も地位も獲得した者を穴丑(あなうし)という。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ