多重トリップ


□部活動は輝かしい青春の煌めき
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週末じっくり三郎に話を聞いたところ、その日の内に紅子ちゃんにはトリップが本意ではないこと、なので特に目的も野望もないことを納得させ、悪意を持つなら関わるなと釘をさしたようだ。暗い話は終わりとばかりに三郎が話を変えてしまったのでその話はこれ以上持ち出されなかったけど、三郎の心の平穏の為にも紅子ちゃんには大人しくしてもらっていた方が有り難いので、月曜日の学校で我関せずを貫く彼女にはホッとした。三郎の興味も“面白い奴”と報告してきた、転校生の方に向いているみたいだし。

「お隣が居なくて寂しかったですよ。先日からこのクラスの一員になりました白馬探です」
「ご丁寧にありがとう、白馬くん。三郎のイトコの日比野蛍です。転入生同士、仲良くしてくれると嬉しいな」
「勿論」

握手をするのだと思って重ねた手を持ち上げられ、流れるようにキスが落とされる。キザだ、白馬くん凄くキザだ!ロンドン帰りの名探偵とは本当にシャーロック・ホームズみたいだったが、生憎と私はワトソン派だった。……いや、ほら彼医者だし。

「蛍ちゃん動じないね」
「ね、伊達に鉢屋くんのスキンシップを受けてないわ」

視界の端でこそこそと私たちを観察している青子ちゃんと恵子ちゃんには悪いが、私がこういったことに耐性あるのは眞魔国とかホグワーツのせいである。本場英国紳士のエスコートに慣れれば、もう大抵のことは恥ずかしくない。

「鉢屋くんも素晴らしい体ですが、蛍さんも随分と鍛えられているみたいですね」
「!」
「白馬、それはセクハラだ」

セーラー服は体のラインが見えにくいというのに驚いた。恐らく体幹が安定しているのを見抜いているのだろうけれど、思わず固まった私に変わり、三郎がからかいを含んだ動作で私を隠す。それに白馬くんは苦笑しながらフォローを入れた。

「いえ、そういう疚しい気持ちではなく、純粋に凄いな、と思いまして」
「……剣道と合気道をやっていました」
「成程、かなりの腕前のようですね。因みに鉢屋くんは?」
「蛍に鍛えて貰ったこともあるが、殆ど我流だ」

独学でそこまでですか、と驚く白馬くんを余所に、三郎は新たな話題を提供してきた。……うん、室町のこととか推理しようがないし心配する必要ないけど、凄まじいスルースキルだな。忍術学園に居れば自然と身に付く能力ではあるが。

「な、蛍。私思いっきり体動かしたいんだが、部活入らないか?」

クラスがザワッとしたのはあれだな、多分今までサボり魔だったあの鉢屋が部活…!?みたいなヤツだろう。

「座ってばかりでは逆に疲れる」

私の机の上に凭れかかる三郎を見つめながら、私は難しい顔をした。だって私たち、標準でかなり身体能力は高い。まあ最悪の場面で咄嗟に危ない技を出してしまう可能性を考慮するならばある格闘の型を身に付けた方がいいとは思うが。うーん。

「三郎、やるなら本気でやりたいでしょ?」
「あったりまえじゃないか!というか、だから蛍を誘っている」

蛍は確実に私より強いからな!とニコッとする三郎は可愛いが、どう考えても周りに動揺が広がっている。これは確実に私に対するイメージの変容だろう。……まあ別に今更他の人の目が気になるとか、普通に生きたいとか思わないけど。

「球技とか、道具使うやつは?」

七松先輩のような殺人アタックが出来上がる可能性もあるが、三郎ならそのへん手加減できるだろう。ルールがあるフェアプレー精神は忍の世界で生きてきたものにとって学ぶべきものであると思うが、三郎は不服そうな顔をする。

「いつでも道具を持ち歩いてる訳にもいかないだろう?暇がある時なら一通りやってもいいが、あくまでも使い方を覚えるくらいだな。いざとなったらこの身一つで蛍を守らねばならんのだから、却下だ」

三郎が平和な現代でどんな事態を想定しているのかが激しく気になった。いや、この世界犯罪多発してるし完璧に平和とは言えないかもだけど、普通にしてれば事件に巻き込まれることはまずない筈だし、思わず溜め息を吐いてしまう。……つまりあれだ、三郎は大人しくしてる気もサラサラなく、正当防衛が出来るという裏付けが欲しいという訳で。うんうんと唸っていたら、三郎にスルーされてから大人にも聞き役に転じていた白馬くんが口を開いた。

「でしたら、空手部なんてどうでしょう」
「「空手部?」」

予期せずハモった台詞に白馬くんは少し笑ってから、ピンと人差し指を立てて勧める理由を説明し出す。

「恐らくこの江古田高校の剣道部も合気道同好会も、蛍さんの強さでは物足りなく感じてしまうと思います。鉢屋くんは武道の心得がなくとも強そうですし、ここはお二人にとって新しい武術となるもので、全国に於ける部活動のレベルとしても決して弱くない空手部をお勧めしますね」

すらすらと並べ立てる白馬くんに思わず素で感心した。三郎も面白そうに笑っているし、着々と三郎は友人を作れているようである。

「白馬くん、転校してきたばっかりなのに部活のこと詳しいね」
「……勧誘が、多々あったものですから」

肩を竦める彼は少々気の毒だったが、お陰で私も三郎も落ち着くべき結論が見つかって大変助かったので、執拗に彼に話しかけたであろう女の子たちにもありがとうと言いたい。



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