多重トリップ


□終わってなかった連鎖の続投
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終わってなかった連鎖の続投は、やっと全てを明かせた親友との身を切るような別れから始まった。離れないって言葉を体現してくれた三郎を信じて、これで独りぼっちは終わりを迎えたと、トリップ&転生の運命が終わってなくとも次もその次も最後まで彼が一緒だと微塵も疑わなかったのだ。私は阿呆である。力の限り、阿呆だ。

「…で、私に何の用なのかな」

そんなわけですっかり隣からの温度が無くなった私にはやる気もなかったし、日常生活は忍びのスキルを大いに活用していたから基本的に私は存在感のないキャラで空気を掴むような人間になっているだろうと自負している。トリップの場合いきなりそんなことになったら怪しまれるけど、どうやら此処に私が来る前の“日比野蛍”も影が薄かったらしいし今のところ問題は起きていない。そんな自他共に認めるメタルキングスライム並みの遭遇率を誇る私が姿を表したのは、我が校で最も有名な生徒会長兼テニス部部長の跡部景吾が私を探しているという話を小耳に挟んだからだ。別に放置してても逃げ切れる確信はあったけれど、金と権力に物言わせて探し回られたら生徒たちの印象に残ってしまうだろうし余計ややこしくなるだろうと踏んだから、昼休みの生徒会室に結界をはって出て来た次第である。

「──!お前が、日比野蛍か?」
「…まあ貴方が全力で捜索をあげようとしていた人物の名前と私の名前は一致するけれど」

私は無駄話をするつもりはないんだ、と無機質な声で続けると、さすがに理解は早いのか本題に入ってくれた。有り難いけど中3でこれって出来すぎだよね、なんの世界かしらんけどやっぱりこれも何かの世界なんだろうな。

「単刀直入に言う。男子テニス部のマネージャーをやって欲しい」
「………面識、ないよね?理由は?」
「理由は、面識がないからだ」
「は?」

思わず訝しげな顔を隠さずに素のまま返してしまい、少々跡部くんに悪いことをした。殺気こそ出さなかったけど、相当不機嫌な気を撒き散らしてしまったから。

「俺様は全校生徒の顔と名前を一致させている。だがお前だけは、書類の顔写真でしか見たことがない──いや、見ている筈なんだが記憶に残っていない。俺様の有能は頭脳をもってしても、だ」
「(…ま、気を薄くしたり日常生活は変装したり幻覚作ったりしてるからな)」
「よくは分からねえが、お前は極力皆に悟られないよう生活をしようとしていて、実際それが出来ている。その力を見込んで頼みたいんだ」

意志の強そうな目でこちらを見詰める跡部くんの狙いは、彼の言い分と変わりはない。ただ彼は、その背後にある理由までに話の幅を広げていない。

「…それはつまり、私のように影が薄く且つ居ないように立ち振る舞える人間に、嫉妬の目を浴びやすいマネージャーをやってほしい、と」
「!知っていたのか、」
「まあ嫌でも耳に入る情報よね」

この学校は規模もハンパないが、何よりもテニス部にかける情熱の渦が凄まじい。ファンクラブとか中学の部活につくものじゃないし、マネージャーへのいじめも露骨だし陰湿過ぎる。生徒に金持ちが多いことも、この問題を公に出来ない厄介なものに仕立て上げているし、はっきりいって泥沼状態なのだ。まあ私に直接関係はないけど、情報を扱うのが本分な忍者の性質上耳に入ることは調べたし、見えない部分で行われたことも動物から色んな話を聞いて詳しくなってしまったのだ。

「元々マネージャーは平部員や一年が兼任していた。育成のため募集をかけたのはほんの数年前からだ。仕事をしないヤツは無用、厳正な審査をくぐった一握りのやつしかマネージャーにはなっていない。どれもテニス部員に色目を使わず仕事をする真面目なやつらだった」
「しかしファンクラブは納得せず、いじめはエスカレートしていった。結局テニス部にはマネージャーが残らなかった」
「…ああ、それで間違っちゃいねえ」

苦々しく呟く跡部くんは、目立ちたがりで俺様らしいがやっぱりテニスが好きなのだろう。自分の部活が上手く立ち回れないことに大きな憤りと失望を感じてはいたが、その目は諦めていなかった。

「元々マネージャーの資格が有るヤツは一握りしかいない。いじめに耐えられる人材なんざ、マネージャーの資質でもなんでもねえ…だが、サポートが居ないのも困る。…だから打開策として“いじめを回避出来る人物”が必要なんだ。…それはこの氷帝学園で唯一、お前だけだと思っている」

私は本当に自分の情報を落とさない。揺るがなく、抜かりなく、程良く計算しつくされたそれは完璧だ。その中から少しでも私の本質を見抜いた跡部景吾は凄いのだ。それにスポーツマンとして…人の上に立つ責任者として、好感が持てる。

「頼む。男子テニス部のために、お前の力を貸してくれないか」

プライドは人一倍高いだろうに、彼は頭まで下げてくれた。確かに私以外の人間にスルー出来る問題じゃないだろうし、いじめについても少し気になってはいた。どうせ悲しさを紛らわす為に忍んでいたのだ、暇潰しは考え事を止めるには十分。

「…OK、その忍務、引き受けましょう。ただし、私はマネージャー業をしている間も姿を表さないから」
「アーン?…どういうことだ?」

冷たい目を向けると、普通に質問してくれた。皆が皆アーンで動くと思ったら大間違いだ。察したのは偉いが。

「百聞は一見に如かず、かな。放課後の練習から参加します。選手への挨拶は不要、マネージャー業の手伝いも不要だから。平部員にもちゃんと練習させてあげて。ではまた放課後に」

返事を待たずに私は彼の前から消える。まあテニスをやってる動態視力なら見えるだろう。…多分。



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