多重トリップ


□彼の視線と彼女の実力
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朝練もつつがなく切り抜け(個人的に準レギュラーとか平部員には挨拶しておいた。みんな良い子だったよー)、只今テニス部参加2日目の放課後である。跡部くんがキョロキョロしてるから多分私に用があるんだろうな。人目に付かない木の脇に彼が立ったのを確認してから声をかける。

「何か用?跡部くん」
「!、おま、ほんとに心臓に悪いやつだな」

まあ確かに見えてなかった彼からしてみれば木の中から急に声がするわけだから驚くのも無理ないけど。普段涼しい顔してる跡部くんの心臓がバクバクしてるとかちょっと面白いよな、とか思ってたら私が何も言わないのを催促だと感じてか、跡部くんは決まり悪そうに頭をかき混ぜてから本題に入った。

「お前と同じクラスの芥川慈郎をつれてきて欲しい」

苦々しい表情は、2日目にしてこんな間抜けなお願いをしなければならないことに対して、だろうか。別にいいのに。探し物は得意だから。

「見つからないのね、りょーかい」
「運ぶのは樺地にやらせる、つれてけ」

跡部くんに言われて隣に並んだ樺地くんはやっぱりとても大きい子だ。二年生にはまず見えないよね。

「よろしくね、樺地くん」
「…ウス」

彼はぱっと見無愛想で無口だけど、動物にも優しく器用な手を持っている家庭的な子らしい。大きい体で手先が器用とかなんというギャップ萌え。…みんなこの学園にいる動物に聞いた話だが。

『蛍!あれ、蛍が崇弘と一緒にいる!』
「わ、チッチ」

雀のチッチは行動範囲が広く、色んな情報を持ってきてくれる大事な友達だ。樺地くんにも可愛がられているらしいから降りてきたんだろう、肩に止まるチッチに彼の表情も穏やかに動いた。

「…日比野先輩、動物好きなんですね」
「ええ、樺地くんも好きなのね」
「…はい」

彼の肯定の返事がウスじゃないというのは何だか嬉しくて、ちょっと心があたたかくなった。手の中に降りてきたチッチを前へ差し出すと、彼はゆっくりとした優しい手付きでチッチの頭を撫でる。警戒心の強い雀をここまで手懐けるなんて樺地くんは本当に凄いと思う。

「そうだチッチ、この辺りで眠ってる金髪の男の子見なかった?芥川くんって云うんだけど」
『ああ、崇弘がよく迎えにくるジローって子でしょ?こっちにいたわよ!』

飛び立つチッチを追い掛けて数分で芥川くんを確保する。にぎやかに囀る彼女にお礼を言ってから、彼を運ぶ樺地くんと再び並んだ。

「すぐ見つかって良かったね」
「…はい、先輩の、おかげです」
「私の?」
「…先輩がチッチと呼んでいた、あの雀…いつもよりずっとリラックスして、ました。俺だけの時じゃきっと、案内してくれなかったと、思います」

確かにチッチは言葉が分かる私に随分心を開いてくれてたけれど、話がスムーズに行ったのは樺地くんがいつも一生懸命に芥川くんを探していたり、チッチに優しくしていたからだ。

「んー…でも、チッチが“芥川くん”ってフレーズに反応してくれたのは、いつも樺地くんが誠実に真面目に芥川くんを探していたからじゃないかな?樺地くん、チッチにも優しくしてくれていたんでしょう?恩返ししてくれたのよ、多分」

多分でなく実際そうなのだが、言い切ることは出来ないために語尾を濁す。けれど意味は確りと伝わるよう、真っ直ぐに彼の目を見詰めた。

「………ウス」

あ、今のウスは照れ隠しのウスだな。分かる変化に微笑ましくなって頬が緩む。樺地くんも優しい顔をしてくれて、2人でしばし笑い合った。

「アーン?なんだ、随分早かったじゃねえか」
「協力してくれたコがいて…ね、樺地くん」
「はい、…蛍、先輩」
「!」

あ、名前呼び。樺地くんの声に滲み出る親愛が何だか嬉しくて、ついつい顔が綻んでしまった。

「──ッおい蛍!お前俺様が呼んだときには何ともねえ顔しやがって!」
「え、ごめん、だって樺地くんから名前+先輩呼びだよ?喜ぶよね?」
「そりゃあ、樺地が先輩を名前で呼ぶなんてまずあらへんからなあ」
「だよね?喜んでいい所だよね」

いつの間にやら来てた(いや気付いてたけど)忍足くんが絡んできたので体よく相手させてもらう。跡部くんの相手をするのは少々面倒なのだ。

「じゃ、私仕事に戻るね。樺地くん、ばいばい」
「〜ッなんで樺地だけなんだよ!」

可愛さの差です、なんて言わないけど。跡部くんってやっぱりちょっと面白いよなあ、なんて思った。



(…すご、あの跡部部長が振り回されてる)
(…)
(樺地も懐いたみたいだし…日吉も気になって来たんじゃない?)
(…別に)
(ああでも、ドリンクの味は大分気に入ってるみたいだね?)
(………)



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