多重トリップ


□君が笑う唯一無二の条件
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日吉くんの凝視事件が終了したと思ったら、今度は何故か跡部くんからの視線が気になるようになった。部活中はチラチラ感じる程度なんだけど、日常生活でちょっとでも私だと気付くと(なんかインサイト?っていう技?を使ってるみたいなんだけど…普通の中学生のカテゴリからは彼らも大分はずれてるよね…やっぱりフィクションなのか)その途端の凝視具合がやばい。あんまり印象に残らないのもあれだから普通に出歩いてたけど、本当忍び隠れてやろうかという気分だ。そんなよく分からない気持ちのまま、今日は休日練習で他校を招いた練習試合になるみたい。相手校が強いトコで気が散るからと応援はナシ、よって女子もいない訳だけど。

「(…あれ、部室に人かいる。跡部くんと忍足くんと宍戸くん…何か話してる?)」

自主練にしても早すぎるくらいだけど、そうならドリンクとタオルを出してあげようとドアノブに手をかけたところで、私の動きは止まった。というのも、部室から漏れ出る声がどう考えても私の名前を紡いでいたからなんだけど。

「日比野が?でもそれ、ファン対策じゃなかったのか?」
「アーン?じゃあ聞くが宍戸、普段のアイツとマネージャーやってる時のアイツ、ぱっとみて同一人物だと分かるのか?」
「そやなあ、ファン対策ならそれで十分、普段の生活やらも切り抜けられそうやけど…」
「最初から蛍は周りに一線引いていたんだ。だからこそ俺様もマネージャーを頼んだが…」
「なんや跡部、一線越えたくてしゃあないみたいやな」
「ブッ!」
「…忍足。変な言い方するんじゃねえ」
「ああ、堪忍な」

忍足くんの意味深な発言で一瞬シリアスが吹っ飛んだようだけど、話は続いている。引くに引けない状況に、少々困った。私は勝手に、跡部くんは見てきても踏み込まない人だと思っていたのだ。詮索されたくない気持ちとかを、一番理解していると思っていたから。

「なんつーか、違和感が拭えねえんだよ。本当のアイツがインサイトでも見えねえっつうか…」
「…跡部、日比野にインサイト使ってんのかよ」
「うっわ〜そらアカン、めっちゃ引くわ」
「…忍足だって気付いてんだろ?」
「……まあ、それなりにはな。けど跡部、蛍ちゃんはマネージャー業だってちゃんとしとるし、口出しするとこちゃうと思う」
「んなこた俺様だって分かってる」
「なら何でや」
「…説明出来たら、苦労しねえよ」

跡部くんの言う“私の違和感”、それは或意味私が一番よく分かっている。セドリックを亡くした時にはショック過ぎて麻痺していた感覚、絶望感や喪失感。こた兄やおじいちゃんのお陰でまた前を向けるようになって、三郎の存在に心の底から救われて。

「(救われて──その後は?…私、考えないようにしてる。隣の空虚さに目を瞑って…このままじゃ、今までの大切なひとたちとの約束だって守れないのに)」

私は、またひとりになってしまったと思わずにはいられない。そうでなくとも、人の理から逸脱した存在だと。だから思考の渦に飲み込まれないように違うことをずっと考えている。違うんだって、世界をたらい回しにされてるんじゃない、経験とか、出逢いとか、私の、財産で。

「なんか、アイツがこの世界のどこからも隔離されてるように見えんだよ」

ピシリと、皹が入った音がする。私の心が軋んでいく。だめだ、違う、忍びに感情は必要なくて、考えるな考えるな、いつもの私に戻ろう、目の前の現実だけを認識して、作業して、だから、コートの準備して。今日は練習試合で、女の子たちはいないけど、仕事さえしてたらきっと姿が見えなくても大丈夫。私は忍ぶのが本業、感情はいらない、与えられた忍務だけを、確実に。良いじゃない、私の本質が見えなかろうが。何重にも心を覆っていようが。私は、今でも心から──忍なんだから。

───ガチャ

「おはようございます。グラウンドの整備、終わりましたよ。皆さん早いですね」
「!蛍ちゃん、おはようさん」
「晴れてよかったですね、洗濯物もよく乾きそう」

きっと出来過ぎた笑顔だろう、跡部くんにはもっと気になる要因になってしまうかもしれない。だけど、お願い踏み込まないで。考えさせないで。今まで絶対に考えなかった、最悪の終わりを、考えてしまいそうになるから。私は、知ってる、一時の感情で、逃げで、世界から逃げてしまったあの時の、後悔なんて生易しい言葉で片付けられない思いを。今度は、後悔すら出来ないかもしれない世界に、自分を消したい、なんて、それは、すべてを裏切る行為だから。蓋をして、蓋をして。

「(忍は感情に左右されない──私は忍ぶ為に居るんだ、忍務のことだけ考えろ)」

お願い、頑張って塞いでないときっと立っていられないから。触れないで、私の芯は、彼以外には晒せない。



(…跡部、蛍ちゃんの笑顔に何時もより3割り増しの壁を感じるんやけど気のせいか?)
(いや…話、聞かれたかもしんねえな)
(まじか!?気配無かったぜ!?)
(アイツに今更過ぎるだろ…それにしても、どうしたもんか…)



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