多重トリップ


□サポーターは支えを請け負う
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学校巡りも不動峰・山吹・青学を済ませた頃で、段々不安にすらなってきた。彼女と己が別々の世界に飛ばされたのではないかというそれだ。いや、蛍がきっとそう思って、寂しい思いをしながらも日々を生きていると思うからこそこうやって探している訳ではあるのだが。放課後に内心溜め息を吐きながら廊下を歩いていると、目の前から男が歩いて来た。違和感を覚え、ちょうど気分転換もしたかったから心の赴くままに口を開く。

「──あ、黒子消すために化粧してるのか」
「!」
「風紀委員になんて化けるやついんだな」

名前は知らないが、服装チェックをするためか校門に立っている姿を何度か見たことがある。…そういえばアイツもテニス部じゃなかったか?

「もしかしてテニス部関係か?」

ピクリと反応するのは肯定なのだろう、そういえば聞いてもいないのに柳がテニス部のメンバーについて話してたな。その中でこんなことをする奴は──

「あー何だったか。仁王雅治?」
「正解じゃ」

取り繕う気は無いのか、仁王はあっさりと薄情した。詐欺師って呼ばれてるのもこれが所以だったか?

「お前さん最近よく柳が観察しとる奴じゃろ」
「観察…ま、よく話し掛けられるのは事実だな」

そういやアイツ、色んなデータ取ってるっつってたけど、どう考えても使い道が分からんようなものも取ってるのは何故なんだか。

「侮れんヤツだとは聞いとったが、初対面で正体を言い当てられるとは…2回目ぜよ」

ぼやくように言う仁王に、少々興味をひかれる。見慣れてて違和感に気付いたなら分かるが、初対面で分かるということは変装スキルのある人間ということになりはしないだろうか?

「それ、同じ学校の奴か?」
「いや、練習試合で会った氷帝のマネージャーぜよ」

表情こそ動かさなかったが、体が反応したのが分かった。氷帝はまだ見に行っていないし、気持ちが逸るのも仕方がない。

「ソイツ、どんな奴だったんだ?」
「んー…捉えどころのない女じゃったのう。気配も薄いし、会うまでマネージャーが居たことにすら気付かんかったぜよ。媚びてこんのはいいんじゃが」

十中八九蛍だと思った。知らず上がる口角に、気分が高揚していた自分は気付かなかった。まだ確信する訳にはいかないと思いつつ、それでも。

「彼女の名前とか分かるか?」
「おん、聞いたからのう。日比野蛍サンじゃ」

ビンゴ、直ぐにでも氷帝に向かおうと踵を返した途端に、目の前に見慣れた糸目が立ちはだかった。

「おい、何の用だ糸目」
「失礼な言い草だな鉢屋。失せ物の手掛かりが見つかったようだが」
「それがなんだよ黙って行かせろ」
「まあ待て。氷帝は今までお前が入り込めたような学校とは違う堅固なセキュリティーに守られているぞ」

はっきり言ってどれだけ凄いセキュリティーだとしても突破出来る自信がある。あの黒羽のお墨付きだ。だがそんなことを言っても柳の知的好奇心を引き上げるだけなので口を閉ざす。

「仁王からの情報で分かったというなら、鉢屋は間接的にテニス部に借りを作ったということだな?」

柳の表情は其処まであくどくも無かったが、純粋な中3の顔では勿論なかった。

「…つまり、何が言いたいんだ糸目」
「鉢屋、テニス部のマネージャーをやってくれないか?」
「…断」
「『断る』とお前は言うな。だがな鉢屋、そもそも立海は全生徒部活が義務だ。今まで穴にうまく隠れていたようだが、そろそろそれも通用しないぞ」

まあ一つが駄目になったら色んな策を用意してるから平気っちゃあ平気だが。

「今週末─つまり明後日に、氷帝と練習試合を組んだ。お前たちの話を聞いたのは偶然だが、正々堂々正面から氷帝に入れる機会はそうそうないぞ」

別に真正面から入るとか慣れてないし、とか思いつつも、正面から行った方が蛍が驚くかな、なんてふと頭をよぎってしまった。蛍がマネージャーなら同じマネージャーの方が一緒にいられるだろう、とか。いや、だがマネージャーってそんな不純な動機でやってもいいのか?

「…其処まで口説いて、私を欲しがる理由は何だ?マネージャーをやりたがるヤツなら他にも居るだろう」

ミーハーな女子は言わずもがな、それが嫌でも常勝を掲げるテニス部に憧れるやつは沢山いるだろうに。

「…鉢屋は、身体や筋肉のことに詳しかったし、頭も悪くない。必要以上に干渉しないし秘密も守れるマネージャーになってくれると確信している。…テニス部に、欲しい。お前が必要なんだ、鉢屋」

…熱すぎて本当に口説かれてる気になってきた。

「…初めからそう言っとけ青少年」

少なくとも駆け引きや取引をやるよりは心動かされる。勿論それは自分がそういったことに深く黒く染まってしまっているからなのだが。

「!ならば、」
「ああ、引き受けてもいいさ。ただし私の邪魔はするなよ」
「勿論だ」
「サポートされる側なのにどうやって邪魔するんじゃ」

勝手に盛り上がって柳と2人の世界を繰り広げていると、仁王がぼやくように水を挿した。すまん、ほったらかしにしてた。

「…まあ取りあえず、顔合わせとかしなきゃいけないんだろ?」

前回の異世界での経験、蛍と空手部へと入部するようになった過程を思い出しながら口を開く。マネージャーともなれば部員の承認を得なければならないな、とか。

「ああ、それは大丈夫だ。俺が手回しをしておいたから直ぐにでも活動に参加できるようになっている」

しかしそんなことは杞憂だったようで、柳が相変わらず見えているのか分からない表情のまま告げてくる。隣の仁王もちょっと呆れ顔だと思うのは私の勘違いじゃなさそうだな。

「柳生も真田も最初は渋っとったけどな」
「あー風紀委員か?」
「最近の鉢屋は休みもないし有益な人材に勝るものはないだろう。只のマネージャー業なら一年にも出来る」

淡々と言う柳は随分と私を買ってくれているようだが、其処まで興味を示されるようなことをしたつもりはなかったから些か驚いている。まあ何故かなんて特に詳しく聞くつもりは無かったが、仁王にとっては流せる話題ではなかったらしい。

「のう参謀、鉢屋の洞察力が凄いのは認めてもよか、でも参謀がそこまで固執する理由がいまいち分からんぜよ」

…仁王は外見といい喋り方といい、もの凄い濃いキャラ立ちしてるよな。まあ忍術学園にも髪色が奇抜な生徒は居たが。…十中八九タカ丸さんだが。

「フム、そうだな…以前、体育の授業で佐野山が足を捻った。奴は一見大人しいが芯は強く、それとなくクラスの中心にいる…データによると天性の才で人の本性を見分けている世渡り上手なタイプだ。教師は丁度その場を離れていて、皆も怪我人が出たという状況に動揺と混乱から慌てていた」

柳がパラパラとノートを遡りながら淡々と説明し始める。その光景はなんとなくだが、朧気に記憶に浮かび上がってきた。

「収拾がつきそうになかったその場を冷静な一言で纏めたのが鉢屋で、応急処置は完璧だった。以来佐野山は、密かにだが鉢屋に対して尊敬の念を抱いている」
「…ほぅ」

意味ありげな視線を仁王から貰ったので肩を竦めて見せる。確かに覚えはあるが、応急処置は忍びの知識、手を貸したのは蛍なら──と思わずしも体が動いてしまったからだ。意識せずに同じ行動が取れるのはそれだけ隣に居たのが長いからだと自負している。彼女の思いも願いも私のそれと同義になるのだから。

「あー…ほらアイツバスケ部だろ、怪我が長引いたら大変だ」
「鉢屋は基本的にクラスの雑談には居ないが、筋肉の付き方や仕草で各生徒の所属する部活を当てることも出来話題には困っていないようだ。おそらく情報収集も得意分野」
「ますます興味深い話ぜよ」
「だろう?」

完璧にコイツら同種の笑いをしていやがる。つーか話聞かずに人の所属部活を当てるとか工藤新一の十八番だった気がするが、あの世界の探偵スペックは一般人を軽く凌駕していた訳だな。まあ蛍についての確信情報をくれたのは仁王だし、柳も別に嫌いじゃないから面白がられるのも手を貸すのもいいが。…他の奴らに比べると、やっぱ特徴的な彼らは世界の中心に近い人物なんだろうな。

「…私についてはもういいだろ。そろそろ行かないと部活始まるんじゃないか?」
「おっとそうじゃな。面白い奴が入るのは歓迎じゃき、参謀急ご」
「仁王…お前から話を引き伸ばしておいて…まあいいが」
「プリッ」

…方言だけでなく、変な鳴き声まで出すとは。どんだけ個性を背負えば気が済むんだ、この男。



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