多重トリップ


□貴方と彼女の幸福論
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四天宝寺への部屋の案内を済ませてから、真波ちゃんと一足先にテニスコートへと向かった。彼女はマネージャー意識も高く、広い屋敷の作業スペースにも「頑張って覚える!」と拳を作ってくれたので思わず笑顔がこぼれた程だ。

「真波ちゃんは一年から四天のマネしてるんだよね?きっかけとかあるの?」
「きっかけっちゅーか、ウチ小春の従兄妹やねん」
「え、小春ちゃんの?」
「おん。小春とユウジの漫才とか、お笑いテニスとかむっちゃ好きやから、何か手伝おー思てマネージャーなってん!……せやけどな、」

楽しそうに笑う真波ちゃんは本当に生き生きとしていたが、急にしおれたトマトのようになってしまった。オーバーリアクションなのだとは思うが慌てて真波ちゃんの身体を支えてしまった。おおきに、と話す彼女の口調には力がない。

「マネジになってから、最初は全然普通やったんに、初対面の可愛い女の子から避けられるようになってしもたんや…ウチに原因あんのかなって思ったこともあったんやけど、何やテニス部が関係しとるらしくてな…」
「え、それ本当?」

まさか四天宝寺中でも氷帝のように、嫉妬から来るマネージャーいじめがあったりするのだろうか。思わず深刻に思案しかけた時に、真波ちゃんは吼えた。

「あいつ等と一緒に居過ぎるせいで、ウチまで男みたいな扱い受けるようになってしもて…!!死活問題やわ!ユウジには“小春の方がよっぽど女らしいわ”とか言われる始末…!」
「そ、そうなんだ」
「小春が可愛いのなんか当たり前やろ!?小さい頃からウチが小春をお姫様として飾り立てるのにどんだけ努力したと思ってんねん!仕草一つから何から何まで、小春は完璧やん!ウチは別に女扱いして欲しいわけやないんや。ただ、可愛い女の子たちから距離を置かれるのが嫌なんやー!!」

屋敷に居るのに山彦が聞こえる気がした。彼女にとっては切実な悩みなんだろうけど、酷い苛めとかじゃなくて一応ほっとしたよ。どうどうと真波ちゃんの背中を撫でていると、彼女が私に抱きついてくる。

「真波ちゃん?」
「……ウチ、今幸せ噛みしめとんねん。蛍ちゃんみたいな子と、合同合宿出来てホンマ嬉しい。仕事終わったら髪弄らせてな!」
「…私の髪なんかで良ければ」
「さらさらやし!手入れ行き届いとる綺麗な髪や!」
「ありがとう」

くるくると表情の変わる真波ちゃんは、足を進めながら私の髪の揺れを楽しんでいた。指通り良く手入れされているのは、私以上に丹精込めてこの髪をケアする男がいるからだが…丁度、その彼が入口まで迎えに来ているようだ。

「真波ちゃん、コートに入る前に紹介しておくね、今合宿で立海大付属中学校男子テニス部のマネージャーを担当してる、鰐口延行くん」
「へ?」

ドアを開けながら言えば、姿が見えて無かっただろう真波ちゃんは目を大きくさせた。突然現れた様にもみえる三郎扮する鰐口延行は、同じくちょっと吃驚したような顔をした後、手元のドリンクを落とさないように丁寧に頭を下げる。

「はじめまして、立海二年の鰐口です。普段は平部員として、蛍さんの彼氏やってます」
「あ、ウチは大阪四天宝寺三年の…って彼氏!?この子蛍ちゃんの彼氏!?」

がしっと思いっきり肩を掴まれて吃驚した。気を抜いてたためよろけた身体を、すかさず三郎が支えてくれる。片手にドリンクの籠持ちながら年上の腰を支えるって、二年の力で出来ちゃ恐ろしい気もするが。

「ごめん延行、ありがとう」
「いーえ。驚かせたみたいですみません。俺の一目惚れで付き合えたから、つい自慢したくて」
「まーこんだけ可愛い彼女おったらな…!めっちゃ羨ましいヤツやでアンタ!自己紹介遅なったな、ウチは伊野田真波や」
「伊野田先輩、宜しくお願いします。先輩がちゃんと仕事出来そうな人で良かったです」

二人は笑顔で握手をしてから、真波ちゃんだけが首を傾げる。何か含む三郎の言に気付いたのだろう。私もさっきから視界の端でざわついているものを見ないように心掛けていたのだが、何分普段と違いすぎて吃驚だ。

「仕事出来そうな人て…もしかして青学のマネ使えん子なん?」
「はっきり言って、そうですね。到着してから真っ先に氷帝テニス部に絡んで、練習を滅茶苦茶妨害してましたよ。本来マネージャーは各校専属、他校の選手と交流する必要なんて練習中は存在しない筈なんですけどねえ」
「…な、なんや蛍ちゃんの彼氏、歳の割にはっきり言う子やな」

真波ちゃんもズバッという子だなというのが私の言だが、多分三郎の場合怒りが滲み出ているせいだ。この感じだと、被害は氷帝だけに留まらず立海にも及んでいるのだろう。

「もしかして延行が持ってるのって、青学用のドリンク?」
「ええ、あの人が自分のトコほったらかしなもんですから、先に来ていた青学レギュラーの皆さんがお困りのようでして。折角蛍さんが用意したものを使っていただけないのもアレですから、俺がお持ちしました」
「そっか、ごめんね。ありがとう」

氷帝には正体がばれるとまずいので行けず、立海には金森さんがやって来て戻れず、結局鰐口くんとして行動するならほっとかれてるドリンクやタオルを届けることに行きついたのだろう。やっぱりコートに戻るのをもう少し早めにするべきだったな、と思いつつ真波ちゃんの方へ向く。

「ごめん真波ちゃん、四天宝寺のコート、開いてるスペース全部好きに使って大丈夫だから」
「全部!?ちょ、蛍ちゃん四面全部!?」
「うん、各校四面ずつあるよ。試合するときは真ん中のコート使うけど、それ以外は一応バラバラでウォーミングアップとかやってもらうから」

普段やり慣れてる方法の方がいいでしょう?と言うと、か細く「おん…ありがとうな」と真波ちゃんは言った。これアレか、跡部財閥の力の入れように驚いてるだけか。駄目だな私たちめっちゃ麻痺してこれを普通のこととして受け入れ始めていた。

「跡部くん、この合宿凄く楽しみにしてたから。思いっきり良い設備使って、全国までに一歩でも成長しようね!」

私たちは選手じゃないけれど、チームでテニス部を支えている。そのための合宿で、此処はその為の施設なのだ。真波ちゃんに拳を突き出せば、意図を察して彼女も拳を合わせてくれた。

「じゃ、私青学の足りない備品見に行ってくるね。分からないことあったらいつでも呼んでくれて良いから」
「おん、ウチにも何か手伝えることあったら、声かけてな!」

前途多難な合宿だとは思った。けれど、全国前にライバルを含めてより強くなろうとする跡部くんも、それに付き合う氷帝の皆も、誘いに乗ってくれた他校の人たちも、気持ちは一つだ。私たちはそれを全力でサポートするために此処に居て、皆の気持ちが合わされば絶対に良い合宿になると確信するから。

「がんばろ、」
「…おう」

口ぱくで名前を呼べばそのままで返してくれる三郎と、この合宿に参加した全員が最終日に笑顔で帰れることように、私は全力で尽くすだけだ。




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