多重トリップ


□装い新たなエンターテイナー
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昼休憩ということで、素早く食堂に移動する金森さんを欠伸しながら見送ったら三郎が迎えに来てくれた。鰐口くんの変装を解いていたので結界を張ってから私も変化を解く。

「どうだった?金森結子は」
「んー良くも悪くも普通の子かな?きっと此処の世界の話…というかキャラクターが凄く好きなんだろうね。日々考えてたら神様が三週間だけ“現実を見て来い”って連れて来てくれたらしい」
「…………それ本当に神なのか?」

怪訝そうな顔をする三郎はもっともだ。彼女のいう“神様”の言葉は、彼女が解釈したような優しい言葉ではないと思う。

「さあ神なんだか悪魔なんだか妖精なんだか知らないけど。彼女にとっての現実が此処じゃないことは確かだろうね」

三週間という猶予といい、“神様”の目的がいまいち分からないのは事実。しかし問題はそこではなく、どうしたら円滑に合同合宿を終えられるかということで。

「あと練習サボってても平気そうなのって誰だろ?仁王くんとか?」
「午後は私が変わるから蛍は分身で鰐口もやりつつ選手の観察すればいい」
「あ、うん」

ちょっと心配されているらしい。大人しく頷く。

「その代わり、私のご飯は蛍の手作り以外食べる気がない」
「え、跡部くんのとこのシェフが作ってるからすっごい美味しいご飯の筈だよ?」
「蛍がいい」
「……わかった、」

本来なら三郎だって雷蔵くんの顔で心おきなく皆と親睦を深められていただろうだけに、思うところもひとしおだ。まあだから、それくらいの我儘なら叶えてあげましょうとも。

「蛍ちゃん!…何作っとんの?」
「あ、真波ちゃん。延行が手作りがいいっていうからオムライス作ってるー」
「わー愛されてんなあ鰐口くん」

広い食堂を突っ切ってキッチンスペースを借りた私に、麦茶を取りに来たらしい真波ちゃんが話しかけてくれた。私の分のお茶と席を確保しつつ待っている三郎は立海メンバーに絡まれて楽しそう。ん、何か仁王くんと悪だくみしてる顔だなー。

「うあーマジマジ腹減ったーっ」
「あ、ジロー何処行ってたんだよ!」
「ジロちゃん!遅かったね!」

タオルで汗を拭いつつ、賑わう食堂に登場したのは先程私が姿を借りていた芥川くんだった。向日くんが駆け寄るが、それより先に彼女を何とか席に留めていた青学メンバーの輪を潜り抜けて、金森さんがやってくる。彼女にとって芥川くんは先程まで一緒に居た存在なので当たり前かもしれないが、彼にとってそれは同一の記憶ではなく。

「?オメー、だれ?」

まあ当たり前にも、こういう返答になってしまう訳でして。

「えっさっきまで結子と一緒に居たじゃん!」
「Aー?!オメー青学のマネージャーだろ?見たかなー?」
「ジロー」

すれ違いが起こっている中で首を傾げる芥川くんのジャージの襟を、後ろからやってきた跡部くんが掴んで引っ張った。

「あれっ、跡部もー戻ってきたの?」
「ああ。お前フラフラし過ぎなんだよ。俺様の目の届くところに常に居ろっていつも言ってんだろーが、アーン?」
「……そんなこと跡部言ってたか?」
「何や、異様な雰囲気やな…」

ひそひそ話される向日、忍足ペアの小声ですら鍛え抜かれた耳ではきちんと拾ってしまいます。目の前でそんな光景を見せられている金森さんは、ちょっと戸惑ってる御様子。

「良いから、俺の傍離れんじゃねーぞ」
「んー跡部がそう言うなら仕方ないCー」

ガシッと腰を引き寄せる跡部くんに芥川くんは考えることが面倒になったのか、されるがままに密着している。今まで固まっていたらしい隣の真波ちゃんがバシバシと私の背中を叩いた。

「ちょ!!な!!どういうことなん蛍ちゃん!!まさか氷帝にも同性カップルが…!?」
「…………あれは何だ、日比野」

そして丁度良いタイミングで、後ろから跡部くんとよく似た声がやってくる。…よく似たって言うか、こっちが本人なんですが。

「って、え!?跡部景吾が二人おる!?」
「ちょっと黙ってろ雌猫。あれは鉢屋だな?立海の中では確認しなかったが」
「めっ、めすねこ…!?にゃーにゃー…ってアホか!!何やらせんねん!!」
「金森さんとお話するために、ちょっと芥川くんの姿を借りたんです。で、その噛み合わない部分と彼女の跡部部長へのラブラブ光線を何とかするために三郎が動いている模様です」

すっごくノリノリですけどね、とは言わない。真波ちゃんに突っ込まれたことをスルーしている跡部くんは、視線の先で芥川くんと堂々いちゃついている自分の姿は流石にスルーしかねるのか眉を顰めたけれど、出て行って三郎を叱ったり訂正したりしない辺り、合宿最初に受けた彼女からの突撃を快くは思っていないようだ。

「え、え?ちょっと待って、蛍ちゃん…三郎って誰?名簿見せてもろたけど、そんな名前の人この合宿におらんかったよ?」
「名簿作りなおしたんだよね。立海のマネージャーって変装名人で、一部じゃちょっと有名だから伏せさせてもらったの」
「立海のマネジ…ってことは蛍ちゃんの彼氏!?」
「あ?」

跡部くんの声がワントーン下がった。

「学校も違う後輩の鰐口くんと一緒に居るには、そのくらいしか相応しい理由ないかなって。ごめんね、黙ってて」
「やっ!吃驚はしたけど…後でちゃんと紹介してくれるなら許すで!」
「ありがとう」

さっぱりした子だなあと思わず目を細めてしまった。四天宝寺はマネージャーを含めて個性的で、其れを受け入れる懐の深さがあるらしい。

「じゃ、今はあの子へのドッキリの最中って訳やな?ってことは、速やかにうちらは午後の練習に入らなあかんな!!」

俄然燃えて来たわっ!と気合いの一声を出した真波ちゃんは、ほなまた後で!と元気よく飛び出していった。四天メンバーを引っ張ってる様はどうやらそのまま外に行くようである。

「あはは、真波ちゃん四天のヒエラルキーのトップに居そう」
「…………こっちだって似たようなもんだろ」
「ええ?孤高のキングは跡部くんでしょう?」
「裏を牛耳られて孤高も何もあるか。…つーか、キングのこと跡部くんとか呼んでんじゃねえよ」
「じゃあ景吾様とか?」

軽口の押収をしつつ仕上がったオムライスにケチャップで何となくハートを書いたら、無言が返って来て振り向く。跡部くんの視線の先はオムライスだ。

「…今更だが、何作ってやがる」
「え、三郎のご飯です…けど、」
「…………チッ」

跡部くんにしては行儀の悪い舌打ちの後、こちらに向かってくる跡部くん(三郎)と芥川くんと入れ替わるようにして彼はキッチンから出ていってしまった。…まさか、ダイレクトに練習に行く訳ではないよね?跡部くんって昼食食べた?

「蛍のオムライスー!」
「やっぱり鉢屋だったー何度見てもスゲー」
「芥川くんって順応性滅茶苦茶高いよね」

マイペースな人って噛み合わないことが合ってもまあいっか、で済ませてくれるから姿を借りやすいんだよね。食堂に戻ることはせずキッチンでオムライスを貪る三郎はさっき何か仁王くんと打ち合わせしてたみたいだし、午後というか夜、何をやらかすのか…性格悪いがちょっとだけ、楽しみにしておこう。




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