中編・短編


□花に寄り添う狼に
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私が四学年に上がった当初、組分けを終えた結果でちょっとだけギクシャクしていた例の双子ちゃんも最近はすっかり前のように元通り仲良くなって、その子たちも含めて新入生はなんて可愛らしいのかしら、と頬を緩めて廊下を歩くことが日課になってしまいました。ヨーロッパの人達って私からすれば成長が早く感じられるから、この時期の寮生活は御両親にとっても子供の成長をうんと感じることになるのではないのかしら、なんて考え事をしていたから、私は自分がハンカチを落としたことに気が付かなかったみたい。

「あの、落としましたよ」

おずおずとかけられる声に振り向けば、グリフィンドールの新入生でよくシリウスと一緒に居る男の子が居た。私はドロメダと違ってなかなか絡みに行ったり出来ない性格だから向こうからの認識はないでしょうけど、見知った顔とあって私はいつもより気分が高揚してしまったわ。

「あら、ありがとう。気が付かなかったから、とても助かったわ」

ドレスでお辞儀をする時のように少し屈んで目線を合わせて、緩やかに微笑む。彼は私がスリザリン生だということに気付いていなかったのか少し吃驚していたけれど、普通に笑顔を返してくれる優しい子だった。

「私、ナルシッサ・ブラックというの」
「ブラックさん…?」
「ええ、シリウスの従姉弟よ。宜しくね」
「あ、えっと、リーマス・ルーピンです」

入学したての子って、どうしてこんなに庇護欲を擽られるのかしら。特にリーマスくんは、手や顔に擦り傷が一杯ついているからか、母性本能を強固に感じさせる気がする。

「大丈夫?」

首を傾げて傷を撫でればビクッと反応されてしまった。痛かったかしら。やっぱり急に触れてはいけないわよね。

「これ、この間授業で作った傷薬なの。良かったら使って感想を聞かせてくれる?」
「え、え?でも…」
「先生からのお墨付きは貰っているから、心配しないでね」

これでも成績は良いんだから、と胸を張れば、リーマスくんは力を抜いて受け取ってくれた。

「あの、ありがとうございます」
「ふふ、ハンカチを拾って貰って、薬の実験台にもなってもらうのに、お礼を言われてしまったらばちが当たりそうね」
「…でも、僕は助かりましたから」
「そう?なら良かったわ」

笑い合って、穏やかに別れて。それから私達は、薬の効果を話すためによくお話するようになった。リーマスくんの周りには楽しいことが大好きなシリウス達が居るからいつも賑やからしくて、ホグワーツでほのぼのしたお話が出来る私との空間をリーマスくんはとっても大事にしてくれていた。

「シシーは本当に魔法薬学が得意なんだね。医務室の先生にも驚かれたんだ」
「私、魔法って凄い可能性を感じるの。もし私の力で、大切な人が哀しまなくて済むのなら、それを役立てたいじゃない」

もしも前の世界で私が魔法を使えたならば、家族にあんなにも切ない表情をさせずにすんだかもしれないと、最近色んな本を読んで思うようになってしまった。私の意識はもう無いのだろうし、家族はきっと前に向かって生きてくれていると信じているけれど、この胸の痛みだけは忘れてはならないものだとも思うから。

「……シシーの大切なひとになれる人は、羨ましいな」
「リーマス?」
「僕は、自分の大切な人を大切に出来ないから…」

ギュッと膝の上で握られたリーマスくんの手が、彼の表情が、あの頃の泣きたくて泣けなかった私の顔に被ってしまった。家族だと認識出来ずに傷付けて、いつだって取り消せない言葉を吐いて、私は家族を傷付ける自分が嫌いで、神様に御すがりして、今此処に居るのだ。もしもリーマスくんが、この夢のような世界で同じような苦しみに浸っているのなら、私は彼をそこから救い出してあげたい。

「リーマス、貴方は私の大切な人よ」
「シシー…?」

隣に座る彼の手に上から掌を重ねて、もう片方の腕は彼の小さな身体を抱き締める。優しい優しい男の子が、これ以上自分を責める必要なんてないわ。

「貴方が大事なものを傷付けてしまいそうな時は、私が貴方の分も確りそれを守るから。だから、私の大切な貴方を、そんなに責めてしまわないで」

まあるく開いたその瞳はあどけなくて、子供が小さい時を思い出す。純粋が故に深く傷付いてしまう無垢な心を、私は放っておけない。

「リーマス、大好きよ。だから、大丈夫。貴方はとっても優しい子。私と何にも変わらない、大切なものがあって人を慈しめる、私の大切な愛し子よ」

丁寧に頭を撫でていけば、段々震えて来る彼の身体に安心する。やっぱり十一歳から寮生活って、辛いものもあると思うわ。子供にとって一番安心出来るだろう、親からの無条件の愛情と引き離されて、そりゃあ自立も大切なことでしょうけれど、一人で抱え込めないことだってきっとある。

「し、シシーは、僕のこと…知ってるの…?」
「リーマスは、シリウスの友達で、悪戯好きのあの子たちに手を焼いていて、ちょっと臆病なピーターを気遣ってあげられる、私の大好きな優しい男の子よね」
「ふっ、う、ううーっ!」

リーマスくんの怪我のサイクルに周期があることはとっくに気付いていた。傷口も、喧嘩や事故ではない噛み跡や爪の痕が、誰も何も傷付けないため、己自身を傷付けて出来たものだと分かったから。

「大丈夫よリーマス。貴方は、貴方だわ」

リーマスくんが泣き止むまで、私はずっと彼の背中を撫でていた。幼い身体でずっと頑張ってきた彼を労うように、慈しむように。今だけでなくずっと、私をお母さんだと思ってくれていいのよ、なんて、少しばかり調子の良いことも思ってしまって。駄目ね、私、こういう健気な子にはいっとう弱いのよ。



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