中編・短編


□真実はいつだって残酷だ
1ページ/1ページ



私の被っていた仮面がバレてしまった時、鈴木園子の父である鈴木財閥会長史郎は、「何だ、成功していたのか」と笑った。いつもの顔でにこやかに話された言葉は、あまりにも現実味がなくて、とても信じられたものじゃない。それでも私は、私がここにいる限り、誰よりもそれを信じなければいけない立場に居るのだと知った。
全てを聞いた後、頭はガンガン鳴っていた。連載雑誌はサンデーなのに、と訳のわからないことを思いながら、必死に自分を繋ぎ留めようとした。ちょっと、外に出ても良いですか。絞り出すように言った私に、護衛という名の監視要員もつかなかった。きっと誰に訴えても世迷言で処理されてしまうだろう私の経験を、外に話すことはこれまで同様無いと容易く理解されたからだろう。そして私には、行く場所など無いことを誰よりも彼は知っていた。ただ、それだけ。

「……鈴木史郎が、黒幕」

呟いてしまえば、簡単な事だった。露出の少ない園子ちゃんの父親。世界でも有数の財閥トップだ。裏で何をしていようが、家族にだって悟らせなかった。
……でも、きっとこれは。

「ふふ、なあんだ、そうじゃない」

泣きながら、私は笑った。そう、きっと此処は原作なんかではない。私という存在が、初めからその証明になっていた。あの明るいオリジナル園子ちゃんのいる世界で、こんなことが起こるはずもない。
公園のベンチに座って、誰にはばかることもなくただぼうっとしていた。怪しんだ子供達が去っても、もう周りなんて見てはいなかった。カチューシャの無い私を、鈴木園子と認識する人は外にはほぼいないだろうと思って。

「──園子姉ちゃん?」

しかし、それは間違いだった。掛けられた声に重たい視線を向ければ、公園の入口から駆け寄ってくるコナンくんが其処には居て。

「……学校、終わったの?」
「ッ!?」

表情を変えることなく投げた言葉を受けて、小さく動いた口が、泣いて、とかたどった気がした。うん、泣いているよ。新一くんに見せるのは初めての涙だね。

「ちょ、っと待ってて!!」

慌てていたのかなんなのか、投げるようにハンカチをくれた彼は小さな身体を翻して入口に戻っていった。どうやら探偵団のみんなと下校中だったらしいコナンくんは、決して彼らを公園に入れることなく見送ってしまったようだ。もしも見られていたところでどうとも思わないのに。守って来たイメージも、私にはもうなんの意味も成さなかったから。

「……園子姉ちゃん、何かあったの?」

何気にペットボトルの水を提供してくれつつ、コナンくんは私の隣に腰掛ける。気の遣い方が小学生じゃないと思うが、仕方ないか。新一くんは高校生だもんね。

「ふふ、なあんにも、なかった」
「……」

笑う私に、コナンくんは何かの痛みに耐えているかのような表情をした。歯を食いしばるその姿は、自分の無力さを嘆いているようだと頭の隅っこで冷静な私が考える。私はもうどこも痛くないのに、不思議。

「……私ね、自分は園子ちゃんじゃ無いと思ってたの。ずうっと昔から、彼女より長く生きていた人間の記憶があって、私は彼女の身体を乗っ取ったのかなって」

私よりも私の感情に敏感らしい彼に、気付いたら話していた。今まで黙していたのが嘘のように、スラスラと。

「私、園子ちゃんのこと知ってたの。明るくて、感情に素直で、ちょっとミーハーで、蘭ちゃんのこと大好きで、友達想いのすっごく良い子。お調子者だしお嬢様らしくないけど、“名探偵コナン”にはなくてはならない存在」

隣できっと、コナンくんは戸惑ってるだろう。でも私は続けた。信じてもらえるとかもらえないとか、そんな複雑なことは考えてなかった。ただ、溜め込んでいた内心を吐露するのみで。

「“原作”を壊さないよう、園子ちゃんが帰ってきた時にきちんと戻れるよう頑張ろうって思ってた。でも、それも違ったみたい」

一息置いた私は、隣で固まったまま必死で何かを考えているだろうコナンくんに向き合った。彼のブルーの瞳は、こんな動揺の最中でも、私の中の真実を探るように真っ直ぐ見詰めてくる。

「……工藤新一くん」
「!!」

驚愕の表情をする彼は、もう黒幕の正体を知っているのだろうか。私には分からない。しかしそれも、どうでもよかった。

「“あの方”、鈴木史郎だった」

閑散とした公園に、嫌に落ち着いた私の声が落ちる。ただの事実を告げる言葉は、突拍子も無く空気も読まない、報告。

「最終目標は、死者蘇生なんだって。私は前世の記憶を引っ張り出された結果の産物らしいの。まあ、どんな偉人を呼び戻したいのかは知らないけど、こんな一般人の小娘の記憶なんて大した価値はないよね」
「………………価値、なく、ないだろ」
「ないよ」

必死で絞り出してくれただろう二重否定を更に否定して、それでも私は嬉しかった。

「ねえ工藤くん、私ね、吃驚したけど、凄く吃驚したけど、ちょっと喜んだ部分もあったんだ」

絵空事のようで、妄想の中の出来事みたいで、ずっとふわふわしていた。今突き付けられた現実は何よりも冷たくて、痛いほど私の熱を奪ったそれだけが、私が生きていることの証明のよう。

「だって私、ちゃんと鈴木園子だったみたいなの。もう、元の名前も何をしていたのかも思い出せなくて、空っぽだと思ってたから、嬉しい」

薄く笑う私に、新一くんは何も言えないみたいだった。ああ、信じてくれているんだなあ、と思って、また少しだけ泣きそうになった。

「……ったい、」
「?」
「絶対、黒の組織は、俺が潰すから、」
「…………うん、」
「だから──」

未来への約束が、どれほど力を持つのかは分からない。それでも、私がもう一度笑えるくらいの力は、確かに其処には込められていたんだよ。





ありがとう、小さな探偵さん





***

リツさんへ、企画への参加ありがとうございました!
園子憑依主のお話ということで、IF展開に持ち込んでみましたw特に傾向の指定も無かったので、妄想段階でちょっと構想してた鈴木史郎が黒幕だった場合のエンドみたいな話をちまちまと。これバッドエンドの方が綺麗な気がしますけど、取りあえずぶつぎっておいたので続きはお好きにご想像くださいませ〜




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ