中編・短編


□Sweet trace
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私の好きな人は、少しばかり強面だ。写真を撮ろうとすると大体ガンをつけられるので友達に好きな人の写メ見せて!とせがまれて見せたらドン引きされる、なんてこともままある。アンタの好み大丈夫なの?とか真顔で聞かれて苦笑いを浮かべたりすることも。でも、彼の中身が滲み出ているような自然体の写真は、大体がつい手が動いて隠し撮りしてしまって、事後承諾を貰って何とか保存したもので、私以外の目には触れさせないと約束してしまっているし、誰にも見せたくないのが本音なので良しとする。つまるところ、私は神奈川県警の警部さんである横溝重悟さんが大好きということです。

「重悟さん!お昼ですか?」
「……またお前か。学生は勉強しろ」
「勉強してましたよ。今日は午前中だけだったので、午後は図書館に籠る予定です」

大学近くの公共図書館には隣接するように大きな公園がある。そこで想い人の姿を見つけた私が隣に腰をおろしても、特に何の反応もなかったのでそのまま甘えてしまった。仕事中なら邪魔だとはっきり言ってもらえるはずだし、正しく今は休憩中なのだろう。
私が重悟さんに出逢ったのは、ほんの半年前のことである。当時いやいや参加させられた合コンで遭遇した男が何処ぞの組の下っ端のチンピラみたいなヤンキーで、いたく気に入られた私が何故か付き纏われるという被害を受けた。怖くて強い拒絶が出来なくて逃げ惑っていた時、重悟さんにぶつかってしまった。後ろから追いかけていた男が途端にへこへこと腰を折り「あっ旦那、お勤めご苦労様です!」なんて言うものだから、私は男の親分に衝突したのかと思って顔が青くなった。

『お前は何女追っかけてんだ。震えてるじゃねえか』
『あ!俺今日運命の出会いを果たしたんスよ!超タイプドストレートで!』
『逃げられてんだから察しろ。ついでにもう少し身なりに気を配れ』

所謂自由業的な格好で判断したつもりは勿論なく、染めて来た悪事を自慢するかのように話されて怖かったのが一番なのだが、身なりもやっぱりその人の形を認識するファーストインプレッションになる分もう少しソフトにすべきだと思い、なんてまともな返答をする人なんだ、と思った。恐る恐るあげた視点から見える顔は確かに強面ではあったけれど、シッシと追い払うように後ろの男をのけてくれたならもう彼はこの場で救世主以外の存在にはなりえない。

『あ、あの…!ありがとう、ございました!』

ぶつかったのは此方なのに、反動で私が倒れてしまいそうになったからきっと支えてくれたのだし、見た目以上に優しい人なのだと脳が判断を下した。ぺこりと告げた感謝の言葉には色々なものが含まれていたので、伝わるように顔をあげてからは視線を合わせて笑った。まだちょっと追いかけられていた恐怖は残っていたけれど、一応危機は去ったのだからぎこちないだけではない笑みが届けられた筈だ。

『おう、気をつけろ。無いとは思うが、万が一またアイツに遭遇してややこしいことになったら連絡しろ』

え、そこまでして頂く訳には。慌てて喉から出ようとした言葉を引っ込めたのは、目の前に出されたそれが名刺の類ではないと気付いたからで。

『…神奈川、県警』
『本部にかけりゃあ情報の行き違いも無いしな』
『刑事さん、ですか』

今まで生きて来た道はお陰さまで警察と関わるようなものではなかった。故に初めて見る本物の刑事さんについジッと見てしまったためか、彼は身分証明の警察手帳を開けてくれた。

『横溝重悟、警部』

音読するように言った私に彼は笑って、ポンと頭を撫でてくれた。その笑顔に、落とされたと言っても良いだろうか。私は翌日実家で作っている和菓子の菓子折を持って県警本部に居た。あれ、これって大丈夫なのかな。非常識になったりしないかな。そんな不安を抱えつつ、受付窓口で昨夜あったことを事細かに説明して横溝警部にお礼の気持ちを差し上げたい、とお願いした。必死の気持ちが通じたのか、話していたお姉さんはにっこり笑って快く菓子折を受け取ってくれた。警部本人は捜査で居ないそうなので、「本当に助かりました。ありがとうございました」とだけ手紙を添えて、もう二度とは会うことも無いんだろうなあ、と思っていたら、実家で接客中に彼がやって来て吃驚した。近所で事件でもあったのかと慌てふためく私に、重悟さんは和菓子の包装紙に住所書いてあったろうが、と告げた。何でも部下の人がうちの和菓子を気に入ったらしく買いに来てくれたようだ。

「何ぼーっとしてんだ」

回想から引き戻されて、公園のベンチに座る隣の重悟さんを認識する。今では彼の携帯ナンバーもメールアドレスも知っているし、外で遭遇して彼に時間があればこうしてお話できるくらいの仲になれたと思う。半年の軌跡を思ってつい頬が緩む。

「初めて会った時のこと、思い出してました」

重悟さんは、強面だから女子供には怖がられる、とよく言う。でも彼は怖がられてしまう女子供に対して一番優しい。今ばかりは自分が女であったことに感謝しよう、なんて謎な思考をしつつ、ついでにふと疑問に思ったことを口に出す。

「そういえば重悟さん、最近お店に来ませんね。部下の方はどのお菓子を気に入ってくれたんだろう、って聞いてみたかったんですけど」

迷いに迷って重悟さんに持って行った菓子折は、うちのおすすめを詰め込んだバラエティパックのようなものだったなあと質問を投げかければ、隣で彼は何とも言えない顔をしていた。

「重悟さん…?」

何か変な事を言っただろうか。あたふたする私と違い、重悟さんは深い溜息をついた。

「……いいか、俺は倹約家だ。部下と飲みに行った時すら割り勘だ」
「え?あ、はい」
「そんな俺が、部下のために、わざわざ自分の足で、お前の家に行くと思うのか?」
「?」

彼には珍しく回りくどい言い方だ。つまり最初のあの訪問は、口にした理由通りのものではなかったということだろうけども。首を傾げる私に、重悟さんは呆れたような顔で手を伸ばして来る。いつものように頭には行かず、頬に触れた大きな掌に瞬く。

「お前が、自分の名前も書いてねえから。聞きに行ったんだよ」
「そ、れは…どうも、御足労様です…?」

だめだ。この体勢ドキドキする。表面上は平静を取り繕いつつ目線を逸らしたいのだけど、重悟さんの目から縛られた様に瞳は外せない。

「お前はいっつもいっつも、全身で好き好き言うくせに、肝心な方で言わねえし」
「えっ!?」

好意が駄々漏れだろうとは覚悟していた。でも、私と重悟さんは結構年も離れているし、懐いている感覚で捉えられるのではと甘えていたのだ。重悟さんのかたい指が唇のふちをなぞって、益々うろたえるしかない。

「だ、だって、その、迷惑かけちゃいけないと思って、」
「迷惑だったらそもそも会いに行かねえな」
「じゅ、重悟さん、女性と子供にはことさら優しいし…」
「そりゃ或る程度気は遣うが。言っとくが通常時の俺の気遣いはノミみてえなモンだぞ」

それ、自分で言っちゃうんですか。

「…………す、」

特別だって思って良いんだろうか。マメではないらしい彼が、返信をくれて、たまに電話に付き合ってくれて、遭遇したら話してくれて。そんな目で見られたら私は、期待以外しませんが、それでも告げていいのだろうか。

「すきで、ふっ!?」

視線をしばし泳がせてから、決意をして想いを伝えた。しかしそれは最後の一文字を紡ぐ前に塞がれた。一気に近付き離れていった顔に、心臓がこれまでにないくらい騒いでいた。

「甘え」
「…………」

それは多分さっき友達にもらった桃の飴のせいです、と理由を述べる前に、第二波がやって来て目を閉じた。今まで一番の近さで見る重悟さんの顔は、飴に負けないくらい甘かったと思う。



***

夏さんへ、リクエスト企画への参加ありがとうございます!
当サイトで楽しんでいただいているとのお言葉嬉しく、キュンキュンの文字には此方が盛大にやけました(´∀`*)
リクエストは重悟さんで甘い内容、とのことで、特に作品指定が無かったので短編を書かせて頂きました!連載以外で重悟さん夢を書いたのが多分初なので、妄想が膨らみました…。少しでも楽しんでいただければ幸いです^^




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