中編・短編


□悪魔と再会
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自己犠牲の精神なんてこれっぽっちも無かったけど、実際お前の命一つで世界が救える、なんて言われる状況になればそれを拒むのは全くもって難しい。大昔人柱にされた人達だって、無理やりなのか諦めてか望んでか、その身を捧げたのだ。私は世界なんて大きなものはわからなかったけど、まあ幾人かの親しい友や彼らの家族が守れるならそれもいいかなと思った。たった一つちっぽけな私の命が世界の平和に貢献できるとか、嘘みたいな話だから騙されるかって最初は感じたけれど、私はそれを告げてきた悪魔を何よりも信じていたのだ。

「美味しく食べてね、ばいばい」
「さようなら、マスター」

美しく笑んだ長年の連れ合いの睫毛が微かに光っていた気がしたから、それだけでちょっと満足感すら覚えてしまった。私の身体は食べられ、二度と命を得ることは無い。ああやっと終わりなのだと息を吐いて、意識の断絶に委ねるがまま────……

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┃新しい冒険をはじめますか?▼┃
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…………何だ、これ。枠組みの中書かれた文字と点滅する三角が、瞼の裏に浮かぶように現れた。BGMは恐らく自身の内臓を啜られている音で、走馬灯というやつの間違ったパターンなのかとうっすら考える。体の感覚はすっかりないのに、何故だか思考ははっきりしていて、イエスともノーとも思わぬうちに文章は次のページへと進む。

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┃データ引き継ぎ中。暫くお待ち下さい┃
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思いっきりこれはゲームコマンドを踏襲していた。しかし私が居るのは中世ヨーロッパで、玩具と名のつくものは未だバーチャルの世界に到達していない。既に勘の良い方はお気づきだと思うが、私は二十一世紀からやって来た未来人である。……なんかこういうと激しく厨二の匂いがするが、ただ単に幾つか前世の記憶があるってだけだから。確かに最初は中学生だったけど卒業間近だったし。
そして何回か、時に人外を挟みつつ転生した私はこのヨーロッパで輪廻から抜け出す方法を得たのだ。それこそ悪魔に肉体諸共魂を食べてもらうという単純なもので、私は漸くこの意識から開放されるのだとスッキリした心持ちだったというのになんということ。しかし今まで一度たりとてこんな画面は目の前に現れなかった。動かない体とは別に意識の深いところで慌てているのだが、それすらもう意味もなく、ただただ私はこの世界の連れ合いであった悪魔がきちんと役目を果たして世界を救ってくれるのだろうかという不安を抱えつつ、◯回目の生を開始することになったのでしたコンチクショウ。



***



絶望のプレリュードから早十年。私は十九世紀のイギリスに生を受けた。両親というかこの家系は先祖代々魔法使いらしい。絵が動くのとかは悪魔の魔導書でよく見てたから驚かなかったけど、流石にチョコが動く利点が分からなかったから睨んでカエルを大人しくさせつつ(しかし何故カエル。食欲がそそられるフォルムだとは到底思えない)色々勉強してたら、ホグワーツ魔法魔術学校というところから入学許可証が届いた。両親は入学祝いに家をくれた。何言ってるのかわからないと思うけど私も謎過ぎて思わず「は?」って口から漏れてしまった。何でも二人は私が産まれる以前世界各国を旅する冒険家だったらしい。
「知らないことまだいっぱいあるわ!読者も待ってる!」「僕らは時に縛られず、冒険と自由を共に生きる。あ、何かあったらこの梟を飛ばしてね。ウチの梟は僕らが何処に居ても必ず届けてくれるから」言いたいことだけ言って彼らはアドベンチャーに出掛けて行った。私の精神年齢が肉体と同一だったら泣きわめいている所である。逞しく鍛え抜かれた肉体を持つ梟がホゥと鳴く。同情か慰めか、とりあえず私は入学のための準備を一人でやらねばならない事に溜息をつきつつ、まあ放任主義で逆に有難いのかもしれない、と思うことにして分からないことは額縁の曽祖父に聞きながら九月を待った。

「此処、相席してもいいかな」

九月壱日、感慨深くもなくホグワーツまでの特急を無事見つけた私は、魔法薬学の本を読みつつ発車時刻を待っていた。滅茶苦茶早く来てしまったのでコンパートメントは選び放題だったのだが、まだ空いている箇所は沢山ある筈なのに私と相席したいと申し出るとは奇特な奴だ、と顔を上げて私は思わず目を見開いた。

「……リドル?」
「えっ?」

男の子は、ひとつ前の人生で私と共に生き、最終的に私の体を食べた悪魔と瓜二つの容姿をしていた。ぽかんとする私を見て、彼も瞬き多く動かない。しかしもし彼がリドルだったとしたら私の魂を食べられなかった事になるのだし、こんなに平和的な再会になるはずが無いと思い直して仕切りなおす。

「ごめんなさい、知り合いに似ていた気がして。相席なら構わないわ」

黒いネクタイなら同学年だろう。新入生が一つのコンパートメントを占領するのに遠慮したのかもしれないと向かい側の席を示すと、彼は暫く逡巡した後やはり此処に決めたらしく荷物を運び入れた。

「……あの、君は魔法族?」
「そうね、家系的には魔法族と言って間違いはないわね」
「知り合いは、いくつくらいなの?」

食い気味にされる質問は何処か必死さがにじみ出ていた。首をかしげた私に、彼はハッとしてから「その、僕に似ているっていう」と付け加えた。

「年齢……そうね、二十代後半ってところかしら」

出会った時こそ彼と同じくらいの子供だったが、私と暮らすようになって彼がとったのは大体がそのくらいの歳だった。必要にかられて上下することは多々あったが、最期に見たのも青年バージョンだ。

「その人、魔法族?」

爛々と目が輝いて一瞬紅く光った。リドルの実体は紅い瞳を持つ。私は内心で思いっきり動揺してから、どうだろう、と首を傾げた。悪魔は魔法使いでは無いと思う。私の沈黙に何を思ったか、目の前の彼は自己紹介を始めた。

「僕、トム・マールヴォロ・リドル」
「…………マールヴォロ?」

魔法族の家系図を頭の中でザッと洗っていた私は寧ろミドルネームに聞き覚えがあった気がしたが、彼は首を振ると私の手の中から本を抜いて掌を握った。

「孤児院育ちなんだ。母親は僕を産んで直ぐに死んだらしい」
「……そう、」
「君に初めて会った気がしない」

微かな力で包まれている手から伝わってくる彼の鼓動は、激しく波打っていた。

「リドルって君に呼ばれた時……魂が震えた気がした」

片手で繋がれていたものが両手になって、引き寄せられるがままに彼の正面へと移動する。

「戸惑ってるんだ。凄く。記憶力は良い方だから、間違いなく君とは初対面だって思うのに、君の目を、肌を、匂いを知っている」

……彼は、リドルなのだろうか。そうだとしたらきっと君は私の味も知っている。何故だか涙が出そうになって、唇を引き結んだ。

「……君に触れるまで僕は、魔法族に僕の血縁者が居るならどんなに良いだろうって考えていた筈なんだ。地獄のような孤児院を出て、魔法界に居たい。その為に利用出来るならどんなことでもしようと思っていた。でも君に触れて分かった。僕は君に“リドル”と呼ばれる存在に嫉妬している」

初対面で、二人きりで、彼はただ自分の心情を吐露して、なんて可笑しい空間だろう。まるで、前世での初対面をやり直しているみたいだった。ほんの少し触れている彼の形の良い唇をジッと見てから、私は彼の頬を撫でた。私にとってリドルは、掛け替えのない友達でたった一人の救世主で、最後まで一緒にいてくれた連れ合い。彼がリドルと同一の存在なのか、そんなことは分からないけれど、彼と同じ顔で同じように求められて、心が動かない筈がなかった。

「リドル」

小さく呼びかけて、彼の隣に移動する。近付いてよく分かるが、彼からは確かにリドルの香りがした。

「知り合いにはもう会えないの。私のリドルは貴方だけ」

細い彼の身体は、リドルと出逢った時のことを思い出させた。悪魔でありながら混血で、純血をも凌ぐ力を持った彼の居場所のない思いを、初対面でぶつけられた私は彼が気に入って、なら私の側にいなさいと命じた。

「約束をしましょう。貴方が望むなら、私が貴方の居場所になるわ」

同じセリフを紡いだ途端、彼の目が見開かれて身体を引き寄せられた。思い出したならそのまま食べられてしまうかしら。頭を過ったのはそんなことだけれど、別に構わないと身を委ねる。腕を回して暫く、安心に包まれた後でそっと身体が離された。

「……ごめん、思わず」

赤く染まったその頬に笑ってしまってから、もう一度ハグをした。リミットがあるかは分からない。けれど特急に乗りこんだ時よりずっと、学生生活が楽しいものになることはもう決まっていた。



***

孤児院でトム・リドルに出逢ったダンブルドアが入学してそうそう主人公に懐く彼を見て目をぱちくりさせる様が見たかっただけな短編。二人とも寮はレイブンクローです。

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