中編・短編


□Cast a spell on you.
1ページ/1ページ



休憩中、スタジオ屋上にて羽を伸ばしていたら背後のドアが開いた。近付いてくる足音から判別してしまえるくらい一緒に居たのかと思うと、なかなかお互い忙しくなった現在では、毎回密度の濃い時間を過ごして来たのかなあと何処かくすぐったいものを感じる。

「次のシーンの打ち合わせは終わったんですか?優作センセ」
「主演女優に早急に伝えておかねばならないことを思い出してね」
「あら、なんでしょう?」

ふふ、と軽く笑ってしまうのは、彼の言っていることが嘘であると分かってしまったからだ。そうスタッフに話して上に来ただけで、実際仕事モードだとしたらもう少しパリッとした空気を出す筈。故に雑談レベルのお知らせで緊急性は無いとみた。

「長い間世話になったこのシリーズだが、次に書く話で一先ず完結作にしようと思っているんだ」
「ええっそうなの!?」

余裕でいたのに思わず振り返って彼の瞳を凝視してしまう。基本的に意味の無い嘘はつかない彼だけど、どうやら本気の目をしていた。

「……二人は落ち着くところに落ち着くってことかしら」

工藤優作初期の代表作と言えるこのシリーズは、ヒロインの女の子が行く先々で不可思議な現象に遭遇し、それを巻き起こしている人間と最終的に対峙していくミステリーだ。私と彼が出逢った切欠であり、仲を深める用途ともなった此方、ミステリー界に新風を吹き込む斬新なアイディアもさることながら、ヒロインと一作目に出てくる若手棋士とのやりとりが非常に人気で、作を重ねるごとに近くなっていく二人の距離を楽しみにしている読者も少なくない。

「次の舞台は離れ小島でね。ホラー要素をふんだんに入れるつもりなんだ」
「ホラー……」

オカルトは其処まで苦手じゃないけれど、ホラー映画を撮る現場ではよく不可思議な現象が起こると聞くので少し眉が下がった。ううん、映像化の暁には無事にクランクアップ出来ることを祈ろう。

「二人がどうなるか気になるかな?」
「……優くんが話逸らしたのに」

隣に並んだ彼にむう、と分かりやすく拗ねて見せたら、セットが崩れない程度に頭を撫でられた。大きな手は温かくて、安心するものだからすっかり絆されてしまうのが難点だけど、実際そんなに怒っていた訳でも無いのでちらりと目線をやることで続きを促した。ネタバレは全然してくれないのに、二人の関係の行き着く先はどうやら教えてもらえるらしいので一読者として好奇心を働かせたい。

「今回は一作目と同様、彼にもステージに立ってもらうつもりなんだ。ホラー要素満点の孤島で、吊り橋効果をいかんなく発揮した結果、彼らは婚約する」
「…………」

何故だ。纏まった形としては凄く綺麗で読者が望んだ話だろうに、優くんが説明すると全然ロマンチックにならない。

「……でも、楽しみだわ!暫く回想とか電話ばかりで、彼の出番殆ど無かったものね!」

サブキャラにしては存在感の大きい彼を演じているのは、若手のうちでは実力派と謳われているイケメン俳優だ。元はモデルだったらしいけれど、本作に抜擢されてからの人気といいファンの熱さといい、将来が楽しみな人である。

「吊り橋効果ってことは結構ラブハプニングなイベントはあるのかしら?キスシーンとか!」

私に来るファンレターの中でも、この作品にハマってくれた人からの“二人の今後が気になるから早くくっついて!”という意見は多いのだ。もっとサービスシーン下さい!なんてコメントは私に寄せられても困るのだが、その心理は分かるので笑いつつ読ませてもらっている。軽い気持ちで聞いた質問に返って来たのは、引き寄せられて顎を持ちあげられるという何ともアレな体勢だった。

「ちょ、優くん?!」

いつスタッフが呼びに来ても可笑しくない現状、度の過ぎた絡みは余計な噂を招いてしまう。彼はそんなことも分からないような人じゃない為、これは確信を持ってされているのだろうけど、焦ってしまうのは仕方が無い。

「ヒロインは君をイメージして書いているから、よその男に唇を奪われるのは感心しないな」
「よその男って、優くんが作ったキャラクターじゃない」
「まあ冗談はさておき、あくまでそういった直接的な接触を抜きに男女の恋愛を書いて見せるから楽しみにしていてくれ」

ふ、と笑う優くんの手がさらりと頬を撫でた後に外れて、私の掌に優しく触れた。絡められる指先は、確かにこれまでも絶妙な二人の距離感に焦らされる読者を満足させてきた素晴らしい実績を持っている。

「そう、作風的にも恋愛がメインじゃないものね。早く読みたいなあ」
「完成したら一番に読むかい?」
「えっ!って、でもそれも編集さんの後でしょう?」
「有希子さえ良ければ、書き上がったその瞬間の原稿を」
「!」

持ち上げられた手の甲に口付けられて、初対面を思い出した。あの時も彼はこうして私の手に形良い唇を押しつけて、ハンサムは何しても様になってズルイわね、なんて密かに思ったのだったかしら。

「出来たらその先も、私の原稿を一番に読んで欲しいな。ずっと私の傍で」
「……ひょっとして、それってプロポーズかしら」
「そうは聞こえなかった?」

クスリと悪戯気に笑う優くんは楽しそうだ。断られるなんて微塵も思っていない表情。まあ彼の読み通り、私が断る確率なんて万に一つもありませんが。

「喜んでお受けするわ、優くん。貴方以上の人なんて、この先きっと現れない」
「おや、それは此方の台詞だな」

おどける彼に静かに首を振って、繋がれたままの手に少し力を込める。彼ほど私を理解し、愛してくれる人はいない。

「愛してるわ優作。いっとう好きよ」

昔から幾人もが使ってきた言葉の魔法は、今日も変わらず恋人たちに幸せをくれる。これから先も、ずっと。



***

春風さん、五拾万打企画への参加ありがとうございます!
リクエスト頂いた有希子成り代わりで交際中のエピソードは本編の方で丸々すっとばしてしまった部分だったので、こうして書くことが出来て良かったです^^当初は映像にもなった駆け出しの小説家と女優の推理から始まる映画デートの様な捻った物を考えていたのですが、力不足でなかなかスタイリッシュな二人のデートが思い浮かばなかったため、優作さんの小説など捏造過多で遊びまくりな話になりました。笑
長らくお待たせしてしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです♪




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ