中編・短編


□星屑Maiden Voyage
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公式でも印象の強い園子ちゃんのミーハー設定、勿論キッドもその対象に入っている。彼が登場する場面に居合わせれば、どんな立場に立っていても結構な数のハートを飛ばしていた。『まじっく快斗』の主人公でもある怪盗1412号は彼女が想像していたようなダンディなおじさまでは勿論ないのだが、攫って〜!とか言ってるわりに話が大分進むまで彼と彼女の接触は殆ど無かったと言ってもいい。正体を知らずになら、結構絡んでるかもしれないけど。……うん、今更こんなおさらいしなくたって、ちゃんと把握している。この思考が所詮現実逃避に過ぎないことも。

「麗しのレディ?この夜景はお気に召しませんでしたか?」
「え、っと……、いえ」

今回は次郎吉おじさまも関係なく、毛利のおじさまも関係なく、園子ちゃんのミーハー活動の一環でとあるミュージシャンの地方ライブに足を運んだのだが、アーティストが病欠ということで公演中止。折角来たから何処か回ろうと一日泊まり、本日ふらりと観光中にこの地の美術館にキッドからの予告状があることを知って、たまには静かに怪盗キッドのショーを見学しようかなあと近くの屋上庭園に入れてもらっていただけだというのに、何故だか去り際の彼と目が合い、これ又何故だか彼にお姫様抱っこなぞされて空を飛んでいるのでした、まる。

「……まるでティンカーベルに魔法をかけてもらったようなので、夢かと思ってしまって」
「ふ、私は可愛らしい妖精とは違いますが」

こんなに近くに生の黒羽快斗を見たことは無かったので思わずマジマジと観察してしまいたくなるのだけど、前髪降ろして園子テンションはオフってたし、こんな上空から放り出されても嫌だから大人しくしよう。状況が分からず混乱していた私に、しっかり掴まって下さい、なんて安全面でも配慮してもらったことだし……まあ、空に強引に連れ出したのも彼だけど。
ガラス越しの景色は何度も見れるけれど、ハンググライダーで、しかも怪盗キッドに横抱きされながらなんて好待遇で夜景を見る機会なんてそうそう無い。……にしても、風を感じながらだと実感が違うなあ。上にも下にも星が見えて、遮るものは何も無くて。怖いくらいに、綺麗な景色。

「このまま、貴女を攫ってしまいましょうか?」

ぼんやりしていたからだろう、意識して耳元で囁かれた。吐息に先ず驚いて肩を震わせてから、掛けられた言葉を理解して戸惑って、視線を上げる。瞳ががっつりあって、前を見て飛ばなくて良いのかなんて詮無いことを考えた。彼の目に映っている私は、ポーカーフェイスを気取って失敗している。怪盗キッドは、……黒羽快斗くんは、私が鈴木園子だって気付いていたのだろうか。いつもは騒がしい自分の追っかけとも呼ぶべき女の子が、今日は離れて静かに見ていたから元気が無いとでも思って空に連れ出してくれたんだろうか。そう考えたら、何だか凄く可笑しくて、胸がちょっとだけあたたかくなった。

「ありがとう。でもいいの、大丈夫よ。日が昇ったら、太陽に焼かれて死んじゃうもの」

言ってから、何だか吸血鬼みたいな物言いをしてしまったなと思った。太陽に近付き過ぎて蝋で留めた翼を失い落ちてしまったイカロスのようにならないよう、地に足付けて生きてきますって言いたかったはずなんだけど。どちらにせよキッドに釣られて此方までポエマーになるという異常現象が全部悪い。

「……そうですね。私も月下の奇術師と呼ばれる身。白昼のもとでは生きられない」

いやいや、君は高校生の黒羽快斗が元々の顔で、昼間の在り処でしょうと突っ込みたかったが、思ったより苦慮に滲んだ瞳が其処にあったので考えを改めた。盗一さんの後を継いだことで存在しているキッドは、彼にとってどういう怪盗なんだろう。父親の死の真相、パンドラの謎、組織との攻防。私は彼が抱えている事情をほんの少し知っているだけで、彼の考えが読めるわけでも、彼の日常を知っているわけでも無い。もしかして青子ちゃんとかと何かあったんだろうか。

「真昼の月も、あなたを見守っていてくれますように」

思わず彼の頬に手を添えて、祈っていた。彼の気持ちは分からないけど、本当のことを言えない暗澹たる気持ちなら偶に味わう。大変な役目を背負っている快斗くんに、園子ちゃんを演じる自分の姿を重ねることは可笑しいだろうけど、終わりが見えていない現状は多分同じ。

「…………貴女こそ、私の妖精ですか?ふわりと心が軽くなりました」
「多分今しか使えない魔法だけど」

そう、帰ったら。園子ちゃんを知る一人にでも出逢ったら、私は私でなくなるから。だから今だけ。

「では、私からも魔法を一つ」
「え?っ、!?」
「貴女がどうか、幸せでありますように」

落ちていた思考が、頬に当たった柔らかい感触で一気に引き戻された。気障で紳士なマジシャンが両手を塞がれている今、自由になる部分なんて限られている。なんて高校生だ!!と体温が上がって、ふにゃりと力の抜けた笑みが零れる。これじゃあ、園子ちゃんが惚れるのも分かっちゃうなあ。

「……優しい、魔法ね?」
「私は受けた恩を忘れない怪盗なので。初めに私へとあたたかい魔法をくれたのは、貴女の方ですよ」
「ふふ」

良く回る口だ。大学生だった私が背伸びして行ったバーで、緊張を解こうと色々優しく話しかけてくれたバーテンダーを思い出す。自然に、前の私の記憶を呼びだせてしまうほどリラックスしてしまうなんて、今までになかった。しかも思い出して哀しくならないなんて、キッドの魔法は凄い。

「魔法使いさんのお陰で、明日も頑張れそう」

溢れる星が涙でなく、希望の光であるように。





***

ゆうさんへ、まずは企画に参加していただいたことへのお礼を言わせてください。そしてレスポンスを含めた作品公開がかなり遅刻モードになってしまったことを謝罪します。大分時間が開いてしまいましたが、リクエスト「園子憑依主の話」がゆうさんに届くことを今は祈るばかりです。
内容指定が無かったので本編でさらっとしか言及しなかった怪盗キッドと絡もう!と書き始めたお話ですが、書き終わった今思うのはキッド落ちも有りだな、でした。笑
楽しいリクエスト、ありがとうございました!




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